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プログラミングの初歩

プログラミングとは、計算機が実行できる形で「手順」を表現し、入力から出力へ至る変換を再現可能な規則として定義する営みである。初歩では、言語の文法を覚えるだけでなく、データ表現・制御構造・抽象化(関数やモジュール)を通して、問題を分解して再構成する考え方を身に付けることが重要である。

参考ドキュメント

  1. 文部科学省:小学校プログラミング教育の手引
    https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/1403162.htm
  2. MIT OpenCourseWare:6.0001 Introduction to Computer Science and Programming in Python
    https://ocw.mit.edu/courses/6-0001-introduction-to-computer-science-and-programming-in-python-fall-2016/
  3. Pro Git(オンライン版)
    https://git-scm.com/book/en/v2

1. プログラムとは何か

プログラムは、状態(メモリ内容)を時間とともに変化させ、最終的に観測可能な出力を得る手順の集合である。

  • 入力:キーボード、ファイル、ネットワーク、センサー、引数など
  • 状態:変数、配列、オブジェクト、データベースなど
  • 計算:演算、分岐、反復、関数呼び出しなど
  • 出力:画面表示、ファイル保存、通信送信、装置制御など

同じ「問題」でも、入力と出力の形式が変わると、設計上の要点も変わる。例えば、1回だけ計算して終わる処理と、長時間動作する処理では、エラー処理や資源管理の考え方が大きく異なるのである。

2. 言語を学ぶ前に必要な計算モデル

2.1 CPU とメモリの直観

多くの入門では「変数」を箱として説明するが、より物理に近い理解としては「メモリ上の番地に値が置かれ、CPU が命令に従って読み書きする」と捉えるのがよい。変数名は、実装上は番地(または参照)へ対応し、式の評価は値の取得と演算に分解される。

2.2 データ表現:整数と浮動小数点

整数は有限ビットで表現され、表せる範囲がある。符号付き整数は 2 の補数表現で扱われることが多い。

浮動小数点は「実数」そのものではなく、有限のビット列で近似する表現である。IEEE 754 は、浮動小数点形式(符号・指数・仮数)と丸め規則、例外(NaN、∞など)を定義している。IEEE 754 に従う環境でも、計算順序の違いで丸めが変わり得るため、等号比較は慎重に扱う必要がある。IEEE 754 は例外条件や既定の扱いも規定する標準である。
参考:IEEE 754-2019 の概要は IEEE SA にまとまっている。

2.3 文字とエンコーディング:UTF-8 の意味

文字列は「文字の列」ではなく、実装上は「バイト列」と「解釈規則」の組である。UTF-8 は Unicode を 1〜4 オクテットで符号化し、US-ASCII 範囲をそのまま 1 バイトで表す性質をもつ。IETF の RFC 3629 は UTF-8 の標準化文書であり、ASCII 互換性の性質を明確に述べている。

対象直観重要な点
整数ビット列の離散値範囲を超えると表現不能になる
浮動小数点実数の近似丸め誤差が避けられない
文字列バイト列+解釈UTF-8/UTF-16 など方式の違いがある

3. アルゴリズム

アルゴリズムとは、有限回の手順で所望の結果へ至る方法である。初歩で大切なのは、手順を「曖昧さなく」書けることである。曖昧さが残ると、同じ文章から異なる実装が生まれ、結果が一致しなくなる。

アルゴリズムを記述する際の観点は次である。

  • 入力の前提:どのような形式・範囲か
  • 出力の定義:何を「正しい結果」とするか
  • 手順の単位:どの操作を1ステップとみなすか
  • 終了条件:必ず止まるか、止まるなら何によって止まるか

入門では「探索」「並べ替え」「集計」などが理解を支える題材となる。これらは後述の計算量の議論にも自然に接続するのである。

4. 文法の中核

多くの言語は「式(expression)」と「文(statement)」の層をもつ。

  • 式:値を計算する(例:加算、関数呼び出し、比較)
  • 文:実行の流れを作る(例:代入、分岐、反復、例外処理)

ブロック(複数の文のまとまり)は、スコープ(名前の有効範囲)と強く結びつく。スコープを意識することは、変数の衝突や意図しない参照を避け、読みやすさを向上させる。

5. 制御構造

プログラムの実行順序を制御する概念を制御フローと呼ぶ。MDN は制御フローを「文が実行される順序」として説明している。分岐と反復は制御フローを変化させる基本要素である。

5.1 条件分岐

条件分岐は、条件式の真偽により異なる処理を選ぶ。条件式の設計では、次が重要である。

  • 条件が排他的か(複数が同時に真になり得るか)
  • 境界値(等号が入るか)を明確にするか
  • 例外的な入力(空、欠損、範囲外)をどう扱うか

5.2 反復(ループ)

反復は、同じ処理を繰り返す。反復で重要なのは「変化する量」と「停止条件」である。停止条件が曖昧だと無限ループが生じる。

5.3 例外とエラー処理

多くの言語は例外(exception)機構をもつ。例外は「その場で処理できない異常」を上位へ伝搬させる仕組みである。例外を乱用すると流れが追いづらくなるため、異常系の意味(入力不正、資源不足、通信失敗など)を分類し、適切な粒度で扱うことが望ましい。

6. 関数:抽象化と再利用の最小単位

関数は入力を受け取り、結果(戻り値)を返す計算単位である。MDN は関数を「入力と出力の関係が明確な手続き」として説明している。

関数設計の要点は次である。

  • 引数:何を与えると期待するか(型・範囲・単位)
  • 戻り値:何を返すか(成功・失敗の表現も含む)
  • 副作用:外部状態(ファイル、画面、グローバル変数等)を変えるか
  • 責務:1つの関数が扱う目的を狭く保つか

副作用が少ない関数は理解しやすく、テストもしやすい傾向がある。逆に、外部状態を多く扱う関数は、呼び出し順序に依存しやすく、原因追跡が難しくなることがある。

7. データ構造:情報を置く形が計算を決める

データ構造は「情報の配置」と「操作の効率」を規定する。初歩で頻出するデータ構造は次である。

  • 配列(連続領域):添字アクセスが速い
  • リスト(連結や可変長):挿入・削除の性質が異なる
  • スタック(LIFO):探索や戻り処理に対応
  • キュー(FIFO):順序処理や待ち行列に対応
  • 辞書・マップ(キー→値):検索の設計を変える
  • 木・グラフ:階層や関係を表す

どの構造が適切かは、主に「アクセスの仕方」で決まるのである。

8. 計算量:大きくしたときに何が支配的か

入力サイズ n が大きいとき、実行時間やメモリ使用量の増え方を評価する尺度として、オーダー記法(Big-O)が使われる。

T(n)=O(f(n))

は、十分大きな n に対して T(n)f(n) に比例して増える上界の評価である。

時間計算量意味
1回の処理O(1)入力サイズに依存しない
1重ループO(n)入力に比例して増える
2重ループO(n2)入力の二乗で増える
二分探索O(logn)半分ずつ絞る
ある種の分割統治O(nlogn)並べ替え等で現れる

計算量は、速さの議論だけでなく「どの表現を選ぶか」の根拠にもなる。例えば、検索が中心なら辞書型、順序が中心なら配列やリスト、階層なら木というように、データ構造選択と結びついて理解するのがよい。

9. バグという現象:種類の切り分け

誤りは大きく分けて次の3種である。

  • 構文エラー:文法として解釈できない
  • 実行時エラー:実行中に不正が発生する(0除算、範囲外、資源不足など)
  • 論理エラー:止まるが結果が誤る(条件、境界、単位の取り違えなど)

この切り分けは、修正方法の違いに直結する。論理エラーは症状が出る場所と原因が離れやすいので、入力と期待出力の対応を明確にすることが有効である。

10. テスト:確かめる対象を固定する

テストは、入力に対して期待する出力を定め、再現可能に確かめる活動である。初歩では次の観点が重要である。

  • 境界:最小・最大・空・1要素など
  • 例外的入力:欠損、異常値、形式不一致
  • 不変条件:常に成り立つべき性質(例:ソート後は単調増加)
  • 乱数の扱い:乱数シードを固定して再現性を担保する

「正しさ」の定義を文章で書けるようになると、テスト設計も自然に定まるのである。

11. モジュールと依存

単一ファイルで書ける範囲は限られる。複数の部品に分けるときの最小単位がモジュールである。

分割の目的は次である。

  • 変更の影響範囲を狭める
  • 関心ごとを分離する(入出力、計算、表示など)
  • 名前空間を分け、衝突を避ける

依存関係が複雑になると、更新や移植が難しくなることがある。依存は「必要最小限」に保ち、外部部品のバージョン情報を明確にする姿勢が重要である。

12. バージョン管理:履歴を残して比較する

バージョン管理は、ファイル集合の変更履歴を記録し、過去の状態へ戻したり差分を比較したりする仕組みである。Pro Git は、バージョン管理を「時間に沿って特定の版を取り出せるように変更を記録するシステム」と説明している。

まず理解すべき概念は次である。

  • リポジトリ:履歴を含む保管単位
  • コミット:ある時点の変更のまとまり
  • ブランチ:履歴の分岐(別の流れ)
  • マージ:分岐の合流
  • リモート:共有先(協働やバックアップ)

履歴を言語化できるようになると、変更の理由が追跡可能になり、後からの理解が容易になるのである。

13. 設計:読みやすさは技術である

プログラムは「動く」だけでは十分でない。将来の自分や他者が読めることが、修正可能性を決める。初歩で有効な設計原則は次である。

  • 名前を明確にする(何を表すかが読める)
  • 長い関数を避け、責務を分ける
  • データの形(型、単位、範囲)を明記する
  • 同じ処理の重複を減らし、部品化する
  • 入力検証を行い、前提を破られたときの挙動を定める

ここで重要なのは、抽象化を急ぎすぎないことである。小さく正しく動く部品を作り、必要になった時点で整理する方が、概念の負荷が過剰になりにくい。

14. セキュリティ:入力と秘密情報の扱い

初歩段階でも、入力が外部から来る限り、入力検証は欠かせない。Web 分野では OWASP Top 10 が主要なリスク分類として参照されることが多い。

また、鍵・トークン・パスワードなどの秘密情報は、ソースコードへ埋め込まず、適切な保管方法(環境変数、秘密管理機構など)を選ぶべきである。誤って公開された場合の影響が大きいため、取り扱いは慎重である必要がある。

15. 初歩の到達像

初歩の到達像は、特定の言語を「暗記」することではなく、次の能力が揃うことである。

  • 問題を小さな手順へ分解できる
  • 基本的な制御構造で手順を表現できる
  • データ構造を選び、計算量の感覚をもてる
  • 関数とモジュールで整理し、説明できる
  • 誤りの種類を切り分け、修正できる
  • 変更履歴を保ち、再現可能に扱える

国内では、学校教育におけるプログラミング教育が「思考力・判断力・表現力等」や情報活用能力の育成と結びつけて説明されており、単なるコーディング技能に閉じない位置づけが示されている。

まとめと展望

プログラミングの初歩は、データ表現・制御フロー・関数という基本部品を理解し、データ構造と計算量の観点から手順を組み立て、誤りを切り分けて修正する能力を形成する段階である。さらに、モジュール分割とバージョン管理により、変更を追跡できる形で成長させる姿勢が、学術的な計算・解析にも強く効くのである。

展望としては、第一に、抽象化(型、インタフェース、設計原則)を深めることで、大規模な計算や共同作業でも破綻しにくい構造が扱えるようになる。第二に、並行処理、数値計算、データ処理、Web、組込みなどの各分野では、同じ基本要素が別の制約(速度、精度、資源、信頼性)下で再解釈される。初歩の理解を核として、自分の研究領域に近い制約へ接続していくことが、次の学習段階で重要になるのである。

参考文献