Skip to content

コバルト(Co)

コバルト(Co)は、強磁性・多様な酸化状態・耐熱合金特性という物性起源の機能性に加え、電池材料としての需要が供給網の議論を加速させている遷移金属である。資源が特定地域に偏在し、精製や化学品製造の地理的集中も大きいため、材料科学と資源・政策が同時に効く元素として理解する必要がある。

参考ドキュメント

1. 基本情報

項目内容
元素名コバルト
元素記号 / 原子番号Co / 27
標準原子量58.933(単一安定同位体に由来)
族 / 周期 / ブロック第9族 / 第4周期 / dブロック(遷移金属)
電子配置[Ar]3d74s2
常温常圧での状態固体(金属)
常温の結晶構造(代表)hcp(α-Co)
高温相fcc(β-Co、約 417 ℃ 以上で安定)
代表的な酸化数0,+2,+3(固体化学では +4 相当の記述も現れ得る)
主要同位体(研究・産業)59Co(天然の安定同位体)、60Co(放射線源として重要)
代表的工業形態コバルト金属、コバルト塩(硫酸塩など)、酸化物(Co3O4 等)、中間品(MHP/水酸化物など)
  • 補足(コバルトを元素として扱う際の要点)
    • コバルトは、磁性・触媒能・耐熱特性の議論と、電池用化学品(とくにコバルト硫酸塩など)の議論が同じ材料名の下で交差するため、対象が金属なのか化学品なのかを明示して整理するのが有効である。
    • 供給統計は鉱山生産(mine production)と精製(refining)で分布が大きく異なることが多く、研究や事業の議論ではどの段階の制約を指しているかを切り分ける必要がある。

2. 歴史

  • 名称の由来

    • cobalt の語源はドイツ語の Kobold(鉱夫が忌避した鉱石に由来する語)に遡ると説明されることが多く、ヒ素を含む鉱石と関係づけて語られる。名称史は、元素発見が鉱物学と冶金の文脈にあったことを示す材料でもある。
    • 研究・教育の文脈では、コバルトが青色顔料(コバルトブルー等)として古くから利用されてきた点がしばしば導入に使われるが、現代の需要構造は電池材料によって大きく再編されている。
  • 工業利用の重心の移動

    • 20世紀後半は超合金や硬質材料、磁性材料などの用途が中核であったが、21世紀はリチウムイオン電池の普及により化学品としてのコバルト需要が急拡大した。この変化により、鉱山から化学品までの供給網の脆弱性が材料選択へ直接効くようになった。
    • 近年は LFP 系正極の普及や高Ni化などにより、コバルト使用量の低減が同時進行している一方で、エネルギー密度・寿命・安全性・低温特性などの要求によりコバルトが残る領域も整理されつつある。

3. コバルトを理解する

  • 電子構造(3d 電子とスピン)

    • コバルトは 3d バンドがフェルミ準位近傍にあり、結合・磁性・触媒反応性が結びつきやすい遷移金属である。したがって物性を一つのラベルで説明するより、相(hcp/fcc)と局所環境(欠陥・界面・配位)で電子状態がどう変わるかを追う方が再現性の高い理解になる。
    • 強磁性は交換相互作用によるスピン整列に由来し、温度上昇で熱ゆらぎが勝つと TC を境に常磁性へ移る。材料設計では、磁気異方性や磁壁ピン止めが性能(ノイズ・損失・保磁力)へ直結する点を外さないことが重要である。
  • 相(hcp/fcc)と熱履歴

    • 純コバルトは温度により hcp と fcc の安定相が切り替わるため、加工・焼鈍・溶接・積層造形などの熱履歴が相分率へ反映されやすい(hcp が約 417 ℃未満で安定、fcc がそれ以上で安定とする文献報告)。同じ化学組成でも相が違うだけで、弾性・塑性・摩耗・磁気異方性が変化し得る。
    • 被覆や合金の議論では、コバルトそのものの相変態に加え、溶質(Cr, W, Mo, Ni など)が相安定と積層欠陥エネルギーを動かすため、相の議論は組成とセットで扱う必要がある。
  • 酸化状態(+2 と +3 の使い分け)

    • コバルトは溶液・固体の双方で Co2+Co3+ を取り、配位子場や酸化還元条件により安定性が大きく変わる。とくに Co3+ は配位子場が強い系で低スピン化しやすく、錯体の安定性や反応性が系統的に変わる。
    • 固体酸化物では Co3O4(スピネル型)が古典的な基準物質として扱われ、触媒や電極で頻出する。電池正極では Co の価数変化が酸素の安定性と結びつき、熱暴走や劣化の議論とも接続する。
  • 放射性同位体(60Co)

    • 60Co はガンマ線源として医療機器等の滅菌や放射線処理で長く用いられてきた(IAEA)。産業用途では線源管理(遮蔽、輸送、廃棄)が不可分であり、同位体供給と規制が技術の成立条件になる。
    • 研究では 60Co を直接使わずとも、放射線照射・材料耐放射線の議論でコバルト線源の特性(高エネルギーガンマ、半減期のオーダー)を参照する場面がある。

4. 小話

  • 元素Coは天然では単一安定同位体である

    • 天然コバルトは事実上 59Co で構成される単一同位体元素として整理される(NIST)。同位体が単純である点は、核種起源の議論や標準物質の取り扱いで説明が明快になる利点がある。
    • 一方で工業・医療で重要な 60Co は原子炉で生成される人工放射性核種であり、供給と規制が利用の成立条件になる。
  • 青色材料としての歴史と現代用途のギャップ

    • コバルト化合物がガラス・陶磁の青色に寄与してきたことは有名であるが、現代の需給と政策の主要因は電池材料へ移っている(USGS、IEA、JOGMEC)。同じ元素でも用途構造が変わると、必要な製品形態や品質指標が入れ替わる。
    • そのため、文化史の知識は導入として有用である一方、材料設計や事業の議論では電池・合金・触媒など用途ごとに製品仕様を切り分けることが不可欠である。

5. 地球化学・産状

5.1 主な鉱石・鉱物形態

  • コバルタイト CoAsS
  • スコーターライト(コバルト砒酸塩の鉱物群)
  • カロライト CuCo2S4(銅・コバルトの硫化物鉱物として言及される)
  • ニッケル鉱床・銅鉱床中での随伴(置換固溶や共生)

補足:

  • コバルトは単独鉱床としてよりも、銅・ニッケルに随伴する副産物として回収される比率が大きいと整理されることが多い(USGS)。この性質は、コバルト価格だけでは供給が調整されにくいこと(供給弾力性が小さくなりやすい)へつながる。
  • 地球化学的には、硫化物系(マグマ起源)とラテライト系(風化・残留濃集)で鉱床タイプが分かれ、回収法や不純物(As, Mn, Fe など)の問題設定が変わる。

5.2 鉱床タイプと回収の論点

  • 銅・コバルト鉱床(DRコンゴを含む中央アフリカ銅帯の文脈で語られることが多い)

    • 銅鉱床に随伴するコバルトは、湿式製錬(浸出・溶媒抽出・析出)で回収される事例が多く、製品形態は水酸化物や硫酸塩など化学品に直結しやすい。供給が特定地域に集中しやすい点が、政策・規制と結びつきやすい。
    • とくにDRコンゴは鉱山生産における比率が非常に大きいと整理され、供給集中が需給と価格の重要因子として繰り返し参照される(USGS)。
  • ニッケルラテライト鉱床(インドネシア等での増産が注目される)

    • ラテライト系では HPAL(高圧酸浸出)などの湿式プロセスが議論され、ニッケル中間品(MHP など)にコバルトが含まれる形で供給されることが多い。したがってコバルト単独というより、ニッケル事業の拡張がコバルト供給にも波及する構造になりやすい。

5.3 地球化学的な存在量と偏在

  • コバルトは地殻中で微量元素として広く分布するが、経済的鉱床として濃集する場は限定される。偏在は資源地理だけでなく、精製・化学品製造の集中と重なり、供給上の制約として増幅されやすい(USGS、IEA)。
  • この偏在性は、単に価格の問題ではなく、政策(輸出規制、投資制度、環境・人権規制)が供給量とタイミングに効きやすい構造を生む。

6. 採掘・製造・精錬・リサイクル

6.1 採掘(副産物)

  • コバルト鉱山生産は、銅またはニッケルの採掘・製錬に随伴して回収される割合が大きい。このため、銅・ニッケル市場の投資判断がコバルト供給にも強く効く。
  • USGS の整理では、DRコンゴの鉱山生産比率が非常に高く、供給集中が継続的な論点となっている。

6.2 精錬・化学品化

  • 硫化鉱(Ni-Cu-Co)系

    • 破砕・粉砕の後、浮選で硫化物精鉱を得て、焙焼や湿式処理でコバルトを溶出し、溶媒抽出やイオン交換で分離する構成が多い。最終製品は金属Coまたは硫酸塩などで、電池用途では後者が重要になる。
    • 分離では Co と Ni の化学的近さが常に課題になり、酸化還元状態の制御(Co(II)/Co(III))と配位化学が操作変数として効く。
  • 酸化鉱・ラテライト系

    • HPAL により Ni/Co を硫酸で溶出し、MHP(混合水酸化物沈殿)など中間品として回収する流れが一般的に議論される。そこから精製して硫酸塩等へ加工する段階で、品質(不純物、粒度、含水)管理が電池用途の制約になる。
    • 近年の供給過剰議論では、DRコンゴとインドネシアでの生産能力拡張が重要因子として取り上げられている(JOGMEC、IEA)。

6.3 リサイクル(電池を中心とした回収)

  • リチウムイオン電池のリサイクルでは、ブラックマス(正極・負極由来の粉体混合物)から Ni/Co/Li を回収し、再び化学品へ精製する工程が中核になる。日本でも重要鉱物の確保策として、ブラックマスからの回収・精製の実証が制度的に支援されている。
  • EU ではバッテリー規則により、回収・再資源化だけでなく、一定時点以降の再生材含有率の要求が制度として組み込まれている。例えばコバルトについて、一定の期限で再生材由来比率を段階的に求める規定が置かれている。

7. 物理化学的性質・特徴

7.1 電子構造と金属結合

  • コバルトは遷移金属として d 電子が結合・磁性に寄与し、相(hcp/fcc)や局所対称性が電子状態へ反映されやすい。したがって、同じ Co 含有量でも相や欠陥の違いが機械特性・磁性・触媒応答の差として現れる。
  • 合金設計では Co を単なる添加元素として扱うのではなく、Co が作る電子状態の変化(例:バンド充填、交換分裂、スピン軌道相互作用)を通じて、耐熱強度・磁気異方性・触媒活性が連動し得る点を意識するのが有効である。

7.2 相変態(hcp fcc)

結晶構造温度域(純Co・代表)特徴(要点)
α-Cohcp417 ℃未満異方性が効きやすい
β-Cofcc417 ℃以上〜融点高温で安定
  • 補足
    • hcp/fcc の安定温度は古くから報告があり、純Coでは約 417 ℃を境に高温側で fcc が安定と整理される(文献報告)。このため、熱履歴のある材料では室温で準安定相が残る可能性も含めて相解析(XRD 等)が重要になる。
    • 相変態は磁性や塑性変形機構(転位・積層欠陥)にも影響し、たとえば耐摩耗被覆の性能差として議論されることがある(近年の学術報告)。

7.3 磁性

項目内容備考
室温の磁性強磁性hcp-Co は強磁性(RSC 等)
キュリー点 TC1388 K(1115 ℃)文献値として広く引用される(WebElements 等)
異方性結晶磁気異方性が大きい部類hcp に起因する項が効きやすい
磁化過程磁壁移動+磁化回転欠陥・応力・粒界がピン止め源となる
  • 補足
    • コバルトは鉄・ニッケルと同じ 3d 強磁性金属に属するが、hcp 対称性に由来する異方性が効きやすく、薄膜や結晶方位制御で磁気応答が大きく変化し得る点が設計上の特徴である。
    • 強磁性の議論では飽和磁化だけでなく、異方性定数、磁歪、欠陥ピン止めの寄与を同時に評価しないと、保磁力や損失の差を説明しにくい。

コバルトは異方性が効きやすい系として、薄膜・多層膜・複合材で応力起源の磁気応答が顕在化しやすい。

7.4 酸化物・水酸化物(固体化学)

  • Co3O4 はスピネル型酸化物としてよく参照され、触媒や電極材料で頻出する。表面反応では酸素空孔やCoの価数変化が活性点形成と結びつき、熱処理雰囲気や不純物で活性が変化しやすい。
  • 水酸化物やオキシ水酸化物は電極反応や湿式プロセスの沈殿分離で重要であり、粒径・結晶性・含水が後段の焼成・溶解・電極特性に影響する。

7.5 電気化学と腐食

半反応(例)標準電位 E(V, 25 ℃)意味(要点)
Co2++2eCoおよそ -0.28Co は酸化されやすい側に位置する(NIST)
  • コバルト金属は酸性条件で溶出し得る一方、酸化皮膜や酸化物相の形成で反応が抑制される場合もある。腐食挙動は溶存酸素、塩化物、pH、温度、流速、異種金属接触で変化し、環境条件の指定なしに材料比較すると結論がぶれやすい。

  • 標準電位は基準として有用だが、錯形成や固体相形成(不動態)で有効電位が動くため、実環境では電位-pH 図(Pourbaix 図)や実測の分極曲線で把握する方が再現性が高い。

  • 補足

    • 実系では濃度(活量)や錯形成、pH、溶存酸素で電位が動くため、標準電位の暗記よりネルンスト式の扱いが本質である。
    E=ERTnFlnQ
    • 電池材料としてのコバルトは、金属Coの電位というより、酸化物正極での Co の価数変化と酸素化学ポテンシャルの制御として理解する方が現象に近い。

7.6 錯体化学と生体(ビタミンB12)

  • コバルトはビタミンB12(コバラミン)の中心金属として知られ、Coの酸化状態と配位環境が生化学反応の機能へ直結する。材料としてのCoとは対象が異なるが、同じ元素が固体物理と生体無機化学をまたぐ例として教育的価値が高い。
  • 工業触媒でも Co の配位環境(支持体表面、配位子、酸化状態)が反応選択性を支配し得るため、錯体の発想(局所構造と電子状態の対応)は固体触媒にも移植できる。

7.7 熱・力学・輸送

項目備考
融点1495 ℃固液相変化(RSC)
沸点2927 ℃液気相変化(RSC)
密度8.90 g cm3常温付近(RSC)
結晶構造変態約 417 ℃で hcp fcc相安定性の切替(学術文献)
電気抵抗率値は資料・条件で差が出る合金化や欠陥の影響が大きい(WebElements など)
熱伝導率値は資料・条件で差が出る電子散乱の影響が大きい(WebElements など)
  • 補足
    • コバルトは hcp と fcc の相安定が温度で入れ替わるため、薄膜・被覆・積層造形など熱履歴を受けるプロセスでは、相分率の差が硬さ・摩耗・疲労の差として顕在化しやすい(hcp/fcc の安定温度に関する文献報告)。
    • 抵抗率や熱伝導率のような輸送特性は、遷移金属の電子散乱(不純物・欠陥・磁気散乱)に敏感であり、元素表の単一値だけで判断すると誤差が大きくなり得る(WebElements など)。

8. 研究としての面白味

  • 物性と供給網が同時に効く研究設計

    • コバルトは、物性起源(磁性・触媒・耐熱)で研究テーマが成立しつつ、資源集中や政策変動が材料選択へ直接影響する。研究成果が社会実装へ近づくほど、代替設計(低Co化、回収、規制適合)が科学課題に取り込まれる。
    • たとえば電池では高エネルギー密度と安全性・寿命の両立が要求され、材料の微細構造設計とサプライチェーン制約が同じ設計変数として現れる(IEA、JOGMEC)。
  • 相変態・欠陥・磁性の結合

    • hcp/fcc の相と欠陥(積層欠陥、双晶)を通じて、塑性変形と磁気異方性が連動し得る点は、金属物理としての研究価値が高い。薄膜・被覆・積層造形では熱履歴と相の関係が実験的に追いやすく、計算(DFT、MD、相場モデル)とも接続しやすい。
    • 強磁性材料としては、異方性・磁歪・スピン軌道相互作用が設計変数になり、スピントロニクスや磁気センサの文脈でも研究が成立する。
  • 放射線源としての材料・制度の一体性

    • 60Co の利用は、線源材料だけでなく管理・規制・代替技術(X線照射など)も含めたシステム研究になる。材料科学が制度や運用要件と結合する例として、研究設計の視野を広げやすい(IAEA、NIH NCBI)。

9. 応用例

9.1 材料・デバイス別の利用軸

  • 電池(正極材、リサイクル化学品)

    • コバルトは層状酸化物正極(例:LiCoO2、NMC 系)で結晶安定化や電気化学特性に寄与し、エネルギー密度や寿命の設計に関与する。近年は低Co化が進む一方、要求性能によってはコバルトが残る設計領域があるため、材料選択は用途条件で分岐する(IEA、JOGMEC)。
    • リサイクルではブラックマスからの回収が重要になり、回収・精製で得られるコバルト化学品が再び電池材料へ戻る循環が制度要件と結びつきつつある(経済産業省、EU Battery Regulation)。
  • 耐熱合金(超合金、耐摩耗被覆)

    • Co基超合金は高温強度・耐酸化・耐熱疲労が要求される部材で議論され、Ni基と設計思想が近い一方で相安定や拡散、耐食の観点で差別化される。高温での相安定・析出制御・粒界設計が性能を支配し、元素Coの性質だけでは議論が閉じない。
    • 耐摩耗被覆では Co-Cr-W 系などが知られ、相(hcp/fcc)と炭化物の分散が摩耗・腐食へ反映される。熱履歴と相分率の評価が性能差の説明に必要になる。
  • 触媒(化学工業・環境・電極)

    • コバルト酸化物やコバルト担持触媒は酸化反応や電極反応で用いられ、酸化状態と表面欠陥が活性を左右する。材料合成条件(焼成温度、雰囲気、支持体)で状態が変わりやすいため、表面分析と反応試験をセットで設計する必要がある。
    • 固体触媒では不純物や微量元素が活性点を変えることがあり、供給品位や前処理条件が再現性に効きやすい点に注意が要る。
  • 磁性・電子(薄膜、磁気記録、スピントロニクス)

    • コバルトは強磁性金属として薄膜多層構造や磁気デバイスに用いられ、界面磁気異方性やスピン依存輸送の議論で頻出する。とくに相・結晶方位・応力が磁気異方性を大きく動かし得るため、成膜条件と物性の対応づけが核心になる。
    • バルク金属の磁性値をそのまま薄膜に適用すると外れることがあり、界面・欠陥・歪の寄与を同時に評価する必要がある。
  • 放射線源(60Co)

    • 60Co はガンマ線照射による滅菌や放射線処理で使われてきた代表的線源である(IAEA)。用途の成立には線源製造、遮蔽設計、輸送・保管、廃棄まで一体の要件が必要になる。
    • 近年は代替照射技術の検討も進むため、材料としての線源と運用技術の両面で動向を追う必要がある(NIH NCBI など)。

10. 地政学・政策・規制

  • 供給集中と政策変動

    • コバルトは鉱山生産の集中が大きく、DRコンゴの比率が非常に高いと整理される(USGS)。この集中は、現地政策(輸出措置、税制、許認可)や治安・労働問題が需給へ波及しやすい構造を作る。
    • 日本語資料として、JOGMEC はDRコンゴでのコバルト輸出停止措置に関する経緯と影響を整理しており、政策が市場へ与える影響の具体例として参照できる(JOGMEC No.25-18)。
  • 精製・化学品の集中と産業安全保障

    • 鉱石段階だけでなく、精製・化学品化(硫酸塩など)の集中がボトルネックになり得る点が、重要鉱物政策で繰り返し議論される(IEA、各国政策資料)。材料研究でも、同じ元素でも最終用途が必要とする化学形態が違うため、精製段階の制約を無視できない。
    • 日本では重要鉱物の確保策として、リサイクル工程での回収・精製実証などが公表されており、供給網多元化の一部として位置づけられている(経済産業省 重要鉱物)。
  • 規制(EUの制度例)

    • EUでは重要原材料の枠組み(Critical Raw Materials)と電池規則が並行して動き、供給網の強靭化と循環利用が制度として統合されつつある(欧州委員会、EU Battery Regulation)。これにより、材料選択は性能だけでなく、再生材含有やトレーサビリティ要件を含む条件付き最適化になりやすい。
    • 電池規則では将来時点での再生材由来比率の要求が組み込まれており、コバルトも対象元素として明示されている(EU Battery Regulation 2023/1542)。
  • 責任ある調達(人権・環境)

    • コバルトは採掘現場の労働安全や人権が国際的に問題化してきた経緯があり、責任ある鉱物調達の枠組み(デューデリジェンス)で議論されることが多い(OECD ガイダンスなど)。材料の研究開発でも、供給元の説明可能性が導入要件になる場面が増えている。
    • ここで重要なのは個別事例の断片的理解ではなく、企業・国際機関が提示する手順(リスク評価、是正、開示)を参照し、材料選択と調達条件を同じ仕様として扱う姿勢である。

まとめと展望

コバルトは、強磁性・多様な酸化状態・相変態という物性の豊かさが、電池・耐熱合金・触媒・磁性デバイスへ直結する遷移金属である。一方で鉱山生産の集中や政策変動、精製・化学品段階の制約が材料選択へ直接影響し、研究開発でも供給条件を仕様として組み込む必要が高まっている。今後は、低Co化と循環利用が進む一方で、要求性能が高い領域ではコバルトの役割が残り続ける可能性があるため、用途条件ごとに必要なCoの機能と供給条件を明示した設計が重要になる。制度(再生材含有、デューデリジェンス)と材料性能を同時に満たす設計空間を、測定・計算・データ解析で定量化していくことが鍵である。

参考文献