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透過型電子顕微鏡(TEM)の基礎

透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope; TEM)は、高加速電子線を試料に透過させることで、内部構造や結晶構造を原子スケールまで観察・解析できる顕微鏡である。像観察・電子回折・分光分析を一体化した多機能なナノ解析ツールとして、材料科学から生命科学まで幅広い分野で利用されている。

参考ドキュメント

  • 東ソー分析センター「TEM基礎講座① 原理」(技術レポート PDF)
    https://www.tosoh-arc.co.jp/techrepo/files/tarc00509/pdf/T1713T.pdf
  • 日本表面科学会編「透過型電子顕微鏡」丸善出版(1999年)
  • 木本浩司ほか「物質・材料研究のための透過電子顕微鏡」講談社サイエンティフィク(2020年)

1. TEMの位置づけと概要

TEMは、数十〜数百 kV の高電圧で加速した電子線を薄膜試料に照射し、試料を透過した電子を電磁レンズ系で拡大して像や回折パターンを得る装置である。電子波の波長が極めて短いことから、光学顕微鏡を大きく超える空間分解能を達成できる。

TEMで得られる情報は大きく

  1. 顕微鏡法:実空間像(透過像、高分解能像、STEM像など)
  2. 回折法:電子回折パターン(結晶構造・方位)
  3. 分光法:EDS(X線エネルギー分散分光)、EELS(電子エネルギー損失分光)など

の三つに分類される。これらを組み合わせることで、局所的な形態・結晶構造・組成・化学状態を同時に評価できる点がTEMの特徴である。

2. 電子波長と分解能の基礎

2.1 電子のドブロイ波長

加速電圧 V で加速された電子の運動エネルギーを E=eV とすると、そのドブロイ波長 λ は、非相対論的な近似では

λ=h2meeV

で与えられる。ただし、実際のTEMでは 100–300 kV 程度の高電圧が用いられるため、相対論的効果を考慮した修正式が一般に用いられる。

λ=h2meeV(1+eV2mec2)

ここで、h はプランク定数、me は電子質量、e は電気素量、c は光速である。例えば 200 kV では λ2.5×1012m 程度となり、サブオングストローム領域の空間分解能が原理的に可能となる。

2.2 分解能と収差

TEMの理論的な点分解能は、電子波長 λ と対物レンズの球面収差係数 Cs によって有限化される。球面収差を考慮した最適焦点条件では、点分解能 d

d0.66(Csλ3)1/4

で近似される。近年では、球面収差補正(Cs-corrector)の導入により、Cs を実質的にゼロ近傍まで低減し、0.1 nm 以下の原子分解能を実現する装置も実用化されている。

3. TEMの装置構成と光学系

3.1 TEMの基本構成

TEMの光学系は、光学顕微鏡と類似した階層構造を持つが、レンズとして電磁レンズを用いる点が異なる。基本的な構成要素は以下の通りである。

  • 電子銃:電子源(タングステンフィラメント、LaB₆、Schottky-FEG など)
  • コンデンサレンズ系:電子ビーム径や照射領域の調整
  • 試料ステージ:薄膜試料の保持・位置決め・傾斜
  • 対物レンズ・中間レンズ・投影レンズ:像または回折パターンの拡大
  • 像観察系:蛍光板、CCD/CMOSカメラ、ディレクトディテクタなど

多くのTEMは、像モード(イメージングモード)と回折モード(ディフラクションモード)を切り替えられるようになっており、同一領域の像と回折図形を連動して観察できる。

3.2 電子銃と電子源

電子銃は、電子ビームの輝度・エネルギー分布・安定性を決定する。代表的な電子源と特徴は表1のように整理される。

表1 電子源の比較

電子源代表例特徴
タングステン熱電子Wフィラメント安価・取り扱い容易だが輝度・寿命は中程度
LaB₆六ホウ化ランタン輝度・寿命がWより高く、真空条件にやや敏感
FEG(電界放出)ショットキーFEG等高輝度・高コヒーレンス・小エネルギースプレッド

高分解能像やEELSなど高いビーム輝度やエネルギー分解能が要求される用途では、FEGを備えたTEMが広く用いられている。

4. 試料条件:薄膜厚さと散乱

4.1 有効試料厚さ

TEMでは、電子が試料を透過する必要があるため、試料厚さはおおむね 50–100 nm 程度以下(材料や加速電圧に依存)であることが望ましい。試料が厚すぎると、

  • 多重散乱によるコントラストの複雑化
  • 吸収・散乱によるビーム強度減衰
  • 高分解能像や回折図形の解釈の困難化

が生じる。加速電圧を高くすると透過能は向上するが、放射線損傷や電子ビーム誘起反応のリスクも増大する。

4.2 弾性散乱と非弾性散乱

試料内で電子は原子ポテンシャルにより弾性散乱・非弾性散乱を受ける。

  • 弾性散乱:エネルギー損失なし、結晶格子との干渉によりブラッグ回折を生じ、像・回折コントラストの主因となる。
  • 非弾性散乱:内殻励起やプラズモン励起など、エネルギー損失を伴う。EELSなどの分光情報の源となる一方、像のコントラスト低下の要因ともなる。

高分解能像の解釈では、弾性散乱支配の条件を保つために適切な試料厚さ・加速電圧・撮影条件を選択することが重要である。

5. TEM像コントラストの基本

TEMにおける像コントラストは、主に以下の機構から生じる。

  1. 質量・厚さコントラスト(mass-thickness contrast)
  2. 回折コントラスト(diffraction contrast)
  3. 位相コントラスト(phase contrast;高分解能像)

5.1 質量・厚さコントラスト

試料の局所的な厚さや平均原子番号 Z の違いによって、透過電子強度が変化する。一般に、厚い領域や高 Z 元素を多く含む領域ほど電子がより強く散乱され、明視野像では暗く写る。このコントラストはアモルファス材料や多相材料の形態観察に適している。

5.2 回折コントラスト

結晶試料では、特定の結晶面がブラッグ条件を満たすと、その方向に強い散乱が生じる。明視野像では、対物絞りで透過ビームのみを選択することで、ブラッグ条件を満たす領域が暗くなる。一方、選択された回折スポットに対応する散乱電子のみを用いて像形成すると、暗視野像となる。

回折コントラストは、

  • 転位・欠陥の可視化
  • 双晶や積層欠陥の観察
  • 粒界・サブグレイン構造の解析

に有効である。

5.3 位相コントラストと高分解能TEM

高分解能TEM(HRTEM)では、試料を透過した電子波の位相変化とレンズ系の収差による位相シフトを利用して、格子像や原子列像を形成する。単純化すると、像強度は試料透過後の波動関数 ψ(r) とレンズ伝達関数 T(k) の畳み込みとして表される。

位相コントラスト像の定量的解釈には、マルチスライス法などを用いた像シミュレーションが重要であり、実測像と計算像の比較によって原子配列や欠陥構造を同定することができる。

6. 電子回折と結晶構造解析

6.1 選択領域電子回折(SAED)

TEMでは、試料の局所領域(数百 nm〜数 µm)の電子回折パターンを取得できる。選択領域絞り(SA aperture)を用いて関心領域を選び、その領域からの回折パターン(スポット、リングなど)を記録する。

ブラッグ条件は

koutkin=g

で表され、ここで g は逆格子ベクトルである。格子定数 a と回折スポット間隔の幾何学的関係から、結晶系・格子定数・方位関係などを決定できる。

6.2 ナノビーム電子回折(NBED)・コンバージェントビーム電子回折(CBED)

より局所的な領域の結晶情報を得るために、ナノメートル径の収束ビームを用いたNBEDやCBEDが利用される。CBEDでは、収束ビームによりディスク状の回折パターンが得られ、その内部の微細構造や高次ラウエゾーン(HOLZ)線の解析から、空間群や局所ひずみ、電場分布などを評価することができる。

7. STEMと分光分析

7.1 STEM像形成

走査透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscopy; STEM)は、細く絞った電子プローブを試料上で走査し、透過あるいは散乱電子を位置ごとに検出して像を構成する手法である。代表的な検出モードには、

  • 明視野STEM(BF-STEM):透過電子を検出
  • 環状暗視野STEM(ADF-STEM):散乱電子を環状検出器で検出
  • 高角度環状暗視野(HAADF-STEM):高角度散乱を検出し、Z コントラスト像を得る

がある。特にHAADF-STEMでは、像強度がおおよそ Z1.62 に比例するため、原子番号コントラストによる原子レベルの組成情報が得られる。

7.2 EDSとEELS

STEMやTEMにEDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)やEELS(Electron Energy-Loss Spectroscopy)を組み合わせることで、局所の元素組成・化学状態を評価できる。

  • EDS:電子線照射に伴う特性X線スペクトルから元素種・組成比を定量
  • EELS:非弾性散乱電子のエネルギー損失スペクトルから、軽元素検出、価数、配位状態、バンド構造情報などを取得

STEMモードでこれらを用いると、原子列スケールでの元素マッピングや化学状態マッピングが可能となる。

8. 試料作製技術の概要

TEM観察では、薄膜試料の作製がしばしば最も大きな課題となる。材料や観察目的に応じて、以下のような手法が用いられる。

  • 機械研磨+イオンミリング(Arイオン研磨など)
  • 電解研磨(ツインジェット法など;金属材料)
  • 集束イオンビーム(FIB)による薄膜作製・リフトアウト
  • 超薄切片法(ウルトラミクロトミー;高分子・生体材料)

FIB-TEM試料作製では、特定の界面・欠陥・デバイス構造を狙って薄片化できるため、半導体デバイス解析や局所破壊起点の観察などに広く用いられている。一方で、Gaイオン照射ダメージや再堆積層などの影響を考慮し、最終仕上げ条件や低加速電圧クリーニングの導入が重要となる。

9. TEMの応用分野と他手法との比較

9.1 TEMの代表的な応用

TEMは、以下のような研究・開発分野で利用されている。

  • 金属材料:析出物・転位構造・ナノ析出強化機構の解析
  • セラミックス・電子材料:界面構造、電極・界面層の評価
  • 半導体デバイス:微細配線・ゲート構造・界面欠陥の解析
  • ナノ材料:ナノ粒子・ナノワイヤ・2D材料(グラフェン等)の形態・構造解析
  • 生命科学:細胞・組織の超微細構造観察(凍結TEM、クライオTEM)

9.2 他の顕微観察手法との比較

表2に、TEMを含むいくつかの観察手法の比較を示す。

表2:観察手法の比較

手法情報の主対象空間分解能情報深さ特徴
光学顕微鏡形態・組織数百 nmバルク試料準備が容易、非破壊観察
SEM表面形態・組成数 nm表面〜数百 nm表面形態に優れる
TEM内部構造・結晶構造<0.1 nm(装置に依存)数十〜100 nm原子分解能、回折・分光解析も可能
STEM原子配列・局所組成<0.1 nm数十〜100 nmZコントラスト、EDS/EELSマップ
AFM/STM表面トポグラフィ・電子状態nm〜サブnm表面表面局所特性の評価に有効

TEMは、内部構造・結晶構造・局所組成を原子スケールで同時に評価できる点で独特の位置づけを占めている。

まとめと展望

透過型電子顕微鏡(TEM)は、高加速電子線を用いることで、材料の内部構造・結晶構造・局所組成を原子スケールで解析できる基本的なナノ解析手段である。本稿では、電子波長と分解能の関係、TEMの装置構成と像形成原理、質量・厚さコントラスト、回折コントラスト、位相コントラスト、高分解能像の考え方、電子回折と結晶構造解析、STEMおよびEDS/EELSによる分光分析、試料作製や他手法との比較、日本国内の展開状況について整理した。

今後は、Cs補正や直接検出器のさらなる進展により、時間分解能・エネルギー分解能・空間分解能を高次元で両立するTEM観察が一層一般化すると考えられる。加えて、環境制御TEMやその場観察と組み合わせることで、触媒反応、電池反応、相変態、変形挙動などの動的過程を原子スケールで追跡する研究が拡大している。さらに、TEM像・回折・分光データを機械学習やマルチスケールシミュレーションと統合することで、ナノ構造とマクロ物性の関係を定量的に理解し、材料設計へと還元する流れが強まると期待される。TEMは今後も、物質・材料科学における不可欠な観察・分析手段として、その重要性を高めていくであろう。

参考文献