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平衡状態図の読み方

状態図は、温度・圧力・組成の条件下で熱力学的に安定な相(または相の組)を示す地図である。読み方の要点は、(1) いまどの相領域にいるか、(2) 共存相の組成はどこか、(3) 相の割合はどれくらいか、を同じ手順で取り出すことにある。

参考ドキュメント

  1. ASM International, Introduction to Phase Diagrams https://dl.asminternational.org/technical-books/monograph/132/chapter/2378855/Introduction-to-Phase-Diagrams
  2. DoITPoMS (University of Cambridge), Tie lines and tie triangles https://www.doitpoms.ac.uk/tlplib/phase3_diagrams/ties.php
  3. 福味幸平, 相平衡状態図の読み方, New Glass 113 (PDF) https://www.newglass.jp/mag/TITL/maghtml/113-pdf/%2B113-p034.pdf

1. 状態図は平衡の地図である

  • 状態図が示すのは平衡状態であり、急冷・短時間熱処理・拡散が遅い場合などでは、準安定相や未平衡組織が現れることがある。
  • したがって、状態図は「最終的に落ち着く先」や「反応の方向性」を与えるが、「実時間で必ずそこに到達する」ことを保証しない。

2. 確認事項

  1. 軸の意味を確認する
  • 縦軸:温度Tが多い(ときに圧力P、化学ポテンシャル、活量などの場合もある)
  • 横軸:組成(wt%、at%、mol分率など)であり、単位系の混同は致命的である
  1. 図の種類を確認する
  • 二元T–x図(最頻出)
  • 三元系の等温断面(三角図)、液相面投影、等濃度断面など
  • p–T相図(純物質や気相を含む系)
  • いずれも「何を固定して何を動かせる図か」を最初に決める
  1. 相ラベルを確認する
  • L(液相)、α, β, γ(固相:結晶構造や相種の略号)
  • (α+β) などの表記は二相共存領域を意味する

3. 相律(自由度)で“線”と“不変点”の意味が分かる

化学反応を考えない系の相律は

F=CP+2

である(F:自由度、C:成分数、P:相の数)。

凝縮系で圧力を一定とみなす場面では、実務的に

F=CP+1

を使うことが多い。

二元合金(C=2)のT–x図(圧力一定)では次が直感になる。

  • 1相領域(P=1):F'=2(温度と組成を独立に動かせる)
  • 2相領域(P=2):F'=1(温度を決めれば共存相の組成が決まる)
  • 3相不変反応(P=3):F'=0(温度も組成も一点に固定される)

この「3相が一点の温度(水平線)で反応する」ことが、共晶・包晶などが等温で進む理由である。

4. 二元状態図の読み方

ここでは最も典型的な “縦軸T、横軸組成x” の二元平衡状態図を想定する。

4.1 存在する相を決める

与えられた(T, x0)がどの領域にあるかを見る。

  • 単相領域:そこに書かれた相のみ
  • 二相領域:境界線に挟まれた2相が共存する

4.2 共存相それぞれの組成を決める

二相領域では、同じ温度の水平線(タイライン)を引き、境界線との交点を読む。

  • 左端交点:相1の組成 x^(1)
  • 右端交点:相2の組成 x^(2) この2点が「平衡で共存できる2相の組成」である。

4.3 相分率を出す(てこ則)

全体組成をx0、タイライン両端をx^(1), x^(2)(x^(1) < x0 < x^(2))とすると、

f1=x(2)x0x(2)x(1),f2=x0x(1)x(2)x(1),f1+f2=1

で相分率が得られる(線分の長さの比で決まる)。

数値例(直感の固定)

  • x^(1)=0.20, x^(2)=0.60, x0=0.40 のとき
  • f1=(0.60-0.40)/(0.60-0.20)=0.5、f2=0.5 である

5. 液相線・固相線・溶解度線

二元T–x図で頻出の境界線は次である。

  • 液相線(liquidus):冷却で最初の固相が現れる線、または加熱で最後の固相が消える線である
  • 固相線(solidus):冷却で最後の液相が消える線、または加熱で最初の液相が現れる線である
  • 固溶限(solvus):固相内の二相分離境界(例:α単相と(α+β)の境界)である

最短の実務判断として、液相線と固相線の間の温度幅が、平衡凝固における固液共存温度域を与える。

6. 不変反応(共晶・包晶など)の読み方:水平線の上で相が一気に入れ替わる

二元(圧力一定)では不変反応は水平線で示されることが多い。代表例を反応式で整理すると次である。

名称代表反応(冷却方向)図での見え方
共晶反応L → α + β水平線で液が二つの固相に分解する
包晶反応L + α → β水平線で液と既存固相が反応し別固相ができる
偏晶反応(液相分離を含む)L1 → L2 + α など液相領域が二つに分かれる“レンズ”状領域が出る
共析反応(固相のみ)γ → α + β固相内で水平線が現れ、組織が二相化する
包析反応(固相のみ)α + β → γ固相同士が反応して別固相が生じる

読み方のコツ

  • 不変温度に達するまで:通常は二相域でタイライン+てこ則を使う
  • 不変温度に達した瞬間:3相が共存し自由度0となるため、温度も組成も固定のまま反応が進む
  • 不変反応後:新しくできた二相域や単相域に移るので、再び同じ手順で読む

7. 冷却(あるいは加熱)経路から、組織変化を追跡する

実務で最も役に立つのは、ある合金組成x0で縦線を引いて相変化を追う方法である。

手順

  1. x=x0の縦線を引く
  2. 境界(液相線、固相線、溶解度線、不変線)との交点温度を読む
  3. 各温度区間で
    • 相の種類(ステップA)
    • 共存相の組成(ステップB)
    • 相分率(ステップC) を繰り返す
  4. 不変反応がある場合は、その前後で相のセットが切り替わることを意識する

注意

  • 多くの実プロセスでは拡散が追いつかず、凝固偏析の見積もりにはScheil–Gulliver近似などの非平衡モデルを別途使うことがある。状態図の読み取りと混同しないのが重要である。

8. 三元状態図の読み方

三元系では組成が2次元となり、正三角形(組成三角形)で表現する。

  • 各頂点は純A、純B、純C(100%)である
  • 三角形内の任意点は A+B+C=100% を満たす組成である

二相領域:タイライン

  • 二相領域では、同温同圧で共存する二相の組成を結ぶ線がタイラインである
  • タイライン端点が共存相の組成であり、点の位置から全体組成を保ったまま相分離することを理解できる

三相領域:タイトライアングル

  • 三相共存は三角形(タイトライアングル)で表現される
  • 三相の相分率は、面積比(一般化てこ則)で求められる 例えば全体組成点P、三相の組成点がα,β,γのとき、
fα=Area(Pβγ)Area(αβγ),fβ=Area(Pγα)Area(αβγ),fγ=Area(Pαβ)Area(αβγ)

である。

9. 自由エネルギーの視点

二相共存領域は、ギブス自由エネルギーG(x)に対する共通接線(common tangent)で理解できる。

  • ある温度で、二つの相のG(x)曲線に共通接線が引けるとき、その接点組成が平衡共存組成となる
  • 状態図上の境界線(液相線・固相線・溶解度線)は、この接点の軌跡である

この視点を持つと、状態図の形(レンズ状の二相域、相分離、臨界点の存在など)が「相互作用の符号と大きさ」の反映であることが見えやすくなる。

10. よくある落とし穴

  • wt%とat%を取り違えている
  • 二相域でタイラインを引かずに相組成を“目分量”している
  • てこ則を相分率でなく、相の組成計算に誤用している
  • 不変線を「温度が変化する区間」だと誤解している(実際は等温で進む反応である)
  • 平衡状態図をそのまま急冷・高速凝固に適用している(拡散・核生成が支配する)
  • 三元の三角図で「どの線がどの成分の等濃度線か」を確認していない

まとめ

状態図の読解は、相領域の判定、タイラインによる共存相組成の読取、てこ則(または面積比)による相分率算出、の3点を手順化すれば安定する。不変反応は相律で自由度がゼロになる点として理解すると、水平線の意味と組織の急な切り替わりが一貫して説明できる。平衡の地図であるという前提を保ちつつ、必要に応じて非平衡モデルやデータベース計算と併用するのが実務的である。