動く磁壁が誘起する局所渦電流
導電性をもつ強磁性体では、磁壁が移動すると磁化分布が時間変化し、ファラデー誘導により局所的な渦電流が生じる。渦電流はジュール散逸として損失を与えるだけでなく、自己誘起磁場を通じて磁壁運動を抑制し、動的磁化過程(B-H ループ、Barkhausen 雑音、複素透磁率など)を変形させる機構となる。
参考ドキュメント
- Colaiori, Durin, Zapperi, Eddy current damping of a moving domain wall: beyond the quasistatic approximation, Phys. Rev. B 76, 224416 (2007) https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.76.224416
- Hayashi et al., Time-Domain Observation of the Spinmotive Force in Permalloy Nanowires, Phys. Rev. Lett. 108, 147202 (2012) https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevLett.108.147202
- [日本語] JMAG-International, [W-MA-88] 異常渦電流損失計算の高精度化 (1) https://www.jmag-international.com/jp/whitepapers/w-ma-88/
1. 磁壁は「移動する磁束変化源」である
磁壁は、磁化が反転する狭い遷移領域(幅
のように時間変化し、磁束密度
の時間変化
重要点は、磁壁運動による
2. 磁気準静近似と構成則
多くの金属磁性体の低〜中周波域では、変位電流を無視した磁気準静近似がよく用いられる。基本式は
であり、材料の構成則は
である(
で与えられる。
ここで
と書ける。したがって、電磁場(Maxwell)と磁化ダイナミクス(LLG)が結合した問題となる。
3. 1次元磁壁モデル: の局在
例えば Bloch壁を1次元で近似すると、壁中心
などの形をとる(表式は磁気異方性と交換のバランスで定まる)。壁速度
のように、時間変化は壁幅
が得られる。
この局在した
4. 渦電流生成のスケーリング
ファラデーの法則
から、代表長さ
が得られる。ここで
オーム則により
損失密度は
となり、導電率が大きいほど局所渦電流とジュール散逸が増えることがわかる。磁性体では
5. 渦電流が磁壁運動を抑制する
渦電流は自己磁場
と書けることがある。
しかし磁場と電流の応答には磁気拡散の時間遅れがあり、壁の速度の履歴に依存する形が本質的になることがある。一般に
のような畳み込みで表され、
速度が十分にゆっくり変化する場合、畳み込みを時間微分の展開として
と整理でき、履歴効果は有効慣性項に見かけ上吸収される。このとき幾何によって
この反作用は磁壁の運動にのみ働くのではなく、磁区構造全体としての動的応答(透磁率スペクトル、磁化過程の緩和)を変えるため、周波数依存の損失成分と密接に結びつく。
6. 古典渦電流損失と異常(過剰)損失
交流磁化の損失はしばしば
のように分けて議論される。ここで
はヒステリシス損失(不可逆過程、ピン止め) は古典渦電流損失(連続体近似・空間平均的誘導) は異常(過剰)損失(局所磁壁運動の統計性・局在誘導などを含む)
である。磁壁移動に伴う局所渦電流は、
周波数依存の典型像として、
注意として、磁歪・内部摩擦・粘弾性、あるいは複素透磁率の周波数分散などが、
7. 電流ループの設計問題
局所渦電流は磁壁幅
- 板厚・線幅・試料形状:電流ループの代表長さ
を変える - 積層や絶縁膜:ループの閉路を遮断し、等価抵抗を増やす
- スリット・溝加工:渦電流の大域経路を分断する
- 磁区細分化(レーザ処理等):磁化変化の分担と局所
ピークを変える
磁気拡散の代表時定数は概念的に
であり、
が重要であり、
磁区細分化は磁壁本数を増やすが、全体の磁束変化を多数の壁で分担すると各壁の必要速度が下がり、局所的な
8. 観測シグナル
局所渦電流の影響は、複数の観測量に表れる。
8.1 動的 B-H ループと周波数依存
- 低周波域:
優勢になりやすい - 高周波域:
優勢( 的増大)になりやすい - 中間域:
の寄与が現れ からのずれが見えやすい
厚みや絶縁で渦電流経路を変えたとき、ループのふくらみや損失の周波数依存が系統的に変化すれば、局所渦電流による反作用が疑われる。
8.2 磁気バルクハウゼンノイズ(MBN)
渦電流ダンピングは磁壁速度パルスを平滑化し、パルス幅・立ち上がり時間・統計分布を変える。拡散遅れが強いと、壁速度の履歴依存が MBN の非マルコフ性として観測される可能性がある。
8.3 空間分解観測との同期
Kerr 観察などで壁位置
9. スピンモーティブフォース(SMF)
磁壁運動に伴う電圧は、古典的なファラデー誘導に加えて、磁化テクスチャの時空間変化に由来する有効電場(ベリー位相起源)として記述されることがある。代表式は
である(係数や符号は規約に依存する)。
SMF はナノワイヤ等で壁運動に同期した端子電圧として観測されるが、同じ実験で古典誘導(渦電流)も同時に起こりうる。切り分けには、以下が手掛かりになりうる。
- 幾何依存:渦電流は電流ループの閉路と抵抗に強く依存する
- 抵抗依存:
の変化や積層絶縁に対する感度が大きい - 信号対称性:壁の伝搬方向反転や磁化反転に対する符号の変化則
- 周波数・時間スケール:
の有無(遅れ・履歴の出現)
10. 数値モデル化
目的に応じてモデルを段階化すると、解釈が安定する。
10.1 段階A:磁壁運動を与えて電磁場だけ解く
磁壁位置
で評価する。境界条件(外部回路に流れない、絶縁境界、電位ゲージなど)の置き方が結果を左右する。
10.2 段階B:反作用を有効項として磁壁方程式に入れる
磁壁座標
のように扱う。
10.3 段階C:Maxwell–LLG の結合(自己無撞着)
LLG で
この結合は計算コストが高くなりやすく、時間刻みは LLG の高速スケールと
11. 典型パラメータの対応表
| 量 | 記号 | 代表スケール | 増えるとどうなるか |
|---|---|---|---|
| 導電率 | 金属で大 | 渦電流・ジュール散逸・反作用が増えやすい | |
| 代表幾何長 | 厚み・幅・ループ長 | ||
| 表皮深さ | 小さいほど表層集中し、局所重なりが変わる | ||
| 磁壁幅 | nm–100 nm | 小さいほど局所 $ | |
| 磁壁速度 | m/s 程度 | 大きいほど誘導が強くなる | |
| 透磁率 | 大 | 拡散・表皮に影響し、損失の形を変える | |
| 磁区構造 | 統計量 | 材料依存 | 磁壁密度・ピン止め統計が |
まとめ
磁壁移動は局在した