最局在ワニエ関数と電子物性
最局在ワニエ関数(Maximally Localized Wannier Functions; MLWF)とは、第一原理計算で得たブロッホ状態の部分空間を、実空間でよく局在した基底へ写像する方法である。バンドを再現しつつ、ホッピング(TB)・ベリー位相・トポロジー量・輸送・相関模型への射影など、多様な発展計算へ同一の“低エネルギー表現”として接続できる点が中核である。
1. なぜ最局在ワニエ関数なのか:ブロッホ表現と局在基底の補完関係
周期系の電子状態はブロッホ関数で表すと計算に自然である。一方、局所結合像、低エネルギー有効模型、位相幾何学的量(分極やベリー曲率)を議論するには、実空間で局在する基底が有利である。MLWF はこの両者の間を“情報を保ったまま”往復するための基盤である。
| 観点 | ブロッホ基底 | MLWF 基底 |
|---|---|---|
| 得意な対象 | SCF、バンド構造、対称性の扱い | 有効模型(TB)、結合像、位相幾何学、補間 |
| 直観 | バンドとしての理解 | 軌道・結合・局所中心の理解 |
| 数値計算 | 直接積分は高密度 | 低コストで高密度 |
| 代表的な利用 | DOS、全エネルギー、力 | AHE/SHE、分極、トポロジー、DMFT など |
2. ワニエ関数とは何か:ゲージ自由度をもつ逆フーリエ変換
ブロッホ関数を
とする。ワニエ関数は、ブロッホ状態の線形結合を
離散
と定義する。ここで
3. 「最局在」とは何を最小化しているのか:スプレッド汎関数
MLWF(Marzari–Vanderbilt 流儀)では、各ワニエ関数の空間的広がり(スプレッド)を最小化して局在性の高い基底を得る。代表的な汎関数は
であり、
実装上は、隣接
(
4. 金属・混成バンドへの拡張:部分空間の最適化
金属やバンド交差を含む系では、関心帯域が他バンドと絡み合い(entangled)、単純に「このバンド群」と固定できない場合が多い。Souza–Marzari–Vanderbilt により、次のような二段階が与えられる。
- 外側窓(outer window)で候補状態を広く取り、滑らかに連結する
次元部分空間を最適化する - 内側窓(inner/frozen window)では第一原理バンドの再現を固定し、その上で局在化を行う
この設計により、金属磁性体や遷移金属化合物のフェルミ準位近傍に対しても、局在性とバンド再現性を両立した MLWF が得られる。
設計変数としての要点は以下である。
作りたいワニエ軌道数(低エネルギー自由度の数) - 内側窓:厳密再現したいエネルギー範囲
- 外側窓:混成を許容して部分空間を選ぶ範囲
- 初期射影:原子軌道(
等)や結合軌道、対称性を反映した初期関数
5. 最局在ワニエ関数から TB(有効ハミルトニアン)へ:実空間行列要素
最局在ワニエ関数(MLWF)が得られると、ワニエ基底での実空間ハミルトニアン
が得られる。これをフーリエ変換して
とすれば、任意の
この表現の物理的利点は、オンサイト項
6. 最局在ワニエ関数の発展計算 1:ベリー位相・分極・ワニエ中心
絶縁体の電子分極は、現代的理論ではベリー位相として定義されるが、MLWF を用いると「占有ワニエ中心の総和」による直観的表現が得られる。概念的には
のように、分極の変化はワニエ中心の移動として理解できる(分極量子
この枠組みは、強誘電体、界面電荷、圧電応答の電気的寄与など、周期境界条件下での電気量の整理に有効である。
7. 最局在ワニエ関数の発展計算 2:ベリー曲率・異常ホール(AHE)・スピンホール(SHE)
異常ホール伝導度などはベリー曲率のブリルアンゾーン積分で書けるため、高密度
概念式として、占有バンド
のように書け、分母の小ささ(準縮退)や SOC に敏感である。よって MLWF-TB は、SOC を含む微小差物性の評価(AHE/SHE/ANE、軌道磁化など)へ自然に接続する。
8. 最局在ワニエ関数の発展計算 3:トポロジー不変量と表面・エッジ状態
MLWF-TB を用いると、ウィルソンループ(ワニエ電荷中心; WCC)の流れから
ここで重要なのは、トポロジー量はゲージに敏感に見える一方で、物理的に意味のある量(不変量)は適切な形式で評価すると表現の違いに依存しない、という点である。MLWF はその計算を数値的に安定化する役割を持つ。
9. 最局在ワニエ関数の発展計算 4:電子フォノン相互作用と超伝導・輸送
MLWF は、電子フォノン行列要素
この方向の代表例として、Quantum ESPRESSO + Wannier90 を基盤にした EPW(Electron–Phonon coupling using Wannier functions)が知られており、電気抵抗・熱電・超伝導転移温度評価などへ展開できる。
10. MLWF の発展計算 5:相関模型(Hubbard, DMFT)への射影
強相関を扱う枠組みでは、第一原理の広い電子空間から「相関が重要な低エネルギー部分空間」を定義し、その上で Hubbard
例えば、
- どの原子中心に、どの対称性で、どれほど局在しているか
- 混成(ホッピング)がどの距離まで重要か という形で整理できるため、DFT+DMFT、cRPA による有効相互作用評価などの前処理として重要である。
11. SOC・非共線磁性・磁気弾性への接続(発展的観点)
SOC を含む場合、波動関数はスピノルとなり、ワニエ化もスピノル形式で行う必要がある。スピノル MLWF により、SOC 由来の結合をワニエ基底の行列として扱えるため、次のような議論へ接続しやすい。
- 磁気異方性エネルギー(MAE)の起源を「どの軌道対の SOC 混成が支配するか」として整理する
- ひずみ
で がどう変わるかを比較し、磁気弾性(磁歪)に関わるエネルギー変化を分解して理解する
概念として、磁気弾性は「磁化方向で変わる SOC 由来のエネルギー差」がひずみに応答する量であるため、
という構造をもつ。MLWF-TB が与える“ホッピングとオンサイトの分解”は、この微視的内訳(どの結合・どの局所分裂が効くか)を論理的に整理する際の共通言語になり得る。
12. 対称性と MLWF:対称性適合ワニエという考え方
MLWF は局在化を優先するため、見かけ上、結晶対称性に沿わない形(中心のわずかなずれ、軌道の混ざり)を示すことがある。材料の議論では対称性が重要な制約となるため、対称性を尊重したワニエ化(symmetry-adapted Wannier functions)の考え方が有用である。
対称性を保ったまま得ることを優先するか、局在性を最大化するかは目的依存であり、どちらが“正しい”というより、観測したい物理量に対して適切な表現を選ぶ問題である。
13. 設計と確認事項
MLWF の解釈は、軌道の形そのものを観測量とみなすのではなく、「再現性」を軸に支えるのが基本である。以下は最低限の確認事項である。
- 内側窓で、ワニエ補間バンドが第一原理バンドと一致しているか
- スプレッド
が不自然に大きくないか(局在が著しく悪い場合は窓・射影・ メッシュを見直す) - ホッピング
が距離とともに減衰し、有限距離で十分か - SOC、磁性、非共線などの計算条件とワニエ化の前提(スピノル、時間反転の扱いなど)が整合しているか
- 目的の物性値(例えば AHE、分極、MAE など)が、
メッシュや窓設定に対して安定か
まとめと展望
MLWF は、第一原理計算のブロッホ状態から、局在基底による低エネルギー表現を構成する方法であり、TB 模型化とベリー位相由来物性の高速評価を同時に可能にする。金属・混成バンドにも disentanglement により拡張でき、SOC を含む系ではスピノル MLWF を通じて、異常ホール、トポロジー、磁気異方性、磁気弾性などの微小差物性へ発展的に接続できる。
今後の展望としては、(i) SOC と準縮退の位置関係を MLWF-TB の行列要素で整理し、(ii) ひずみや組成変化によるオンサイト分裂・ホッピング変化を追跡し、(iii) ベリー曲率や MAE の感度の起源を“軌道結合の言葉”で統一的に記述する方向が有望である。さらに電子フォノン補間(EPW)や相関模型(DFT+DMFT)への橋渡しを組み合わせることで、スペクトル・輸送・応答関数を含む多面的な材料設計指針へ展開できる可能性が高い。
参考資料
- N. Marzari et al., Maximally localized Wannier functions: Theory and applications, Reviews of Modern Physics 84, 1419 (2012)
https://link.aps.org/doi/10.1103/RevModPhys.84.1419 - Wannier90 Documentation
https://wannier90.readthedocs.io/ - (日本語)是常グループ Practical QE tutorial: 最局在ワニエ関数
https://www.cmpt.phys.tohoku.ac.jp/~koretsune/SATL_qe_tutorial/wannier.html - 追加(基礎論文)Marzari & Vanderbilt, Phys. Rev. B 56, 12847 (1997)
https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.56.12847 - 追加(混成バンド)Souza, Marzari & Vanderbilt, Phys. Rev. B 65, 035109 (2001)
https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.65.035109