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白金(Pt)

白金(Pt)は、化学的にきわめて安定(耐食・耐酸化)である一方、表面での吸着・解離・電子移動を通じて高い触媒機能を示す貴金属である。主要用途(自動車排ガス浄化、化学プロセス触媒、燃料電池など)が「社会インフラ」と結びつくため、材料科学の議論がそのまま供給網・リサイクル・政策の議論へ接続しやすい元素として整理する必要がある。

参考ドキュメント

1. 基本情報

項目内容
元素名白金
元素記号 / 原子番号Pt / 78
標準原子量195.084
族 / 周期 / ブロック第10族 / 第6周期 / dブロック(遷移金属)
電子配置[Xe]4f145d96s1
常温常圧での状態固体(金属)
常温の結晶構造(代表)fcc(面心立方)
代表的な酸化数0,+2,+4(条件により高酸化状態の化学種も扱われる)
主要同位体(自然存在)複数の安定同位体をもつ(195Pt など)
代表的工業形態Pt地金(スポンジ・インゴット)、触媒担持体、塩化物系化学品、合金(Pt-Ir 等)
  • 補足(白金を元素として扱う際の要点)
    • Ptは「貴金属で反応しにくい」という直観と、「触媒として反応を強く促進する」という性質が同居する。これは、バルクの安定性と表面(吸着・活性点)の機能が分離しているためであり、材料議論では表面状態(粒径、結晶面、欠陥、担体相互作用)を明示して扱うのが有効である。
    • 需給の議論では、Pt単体ではなく白金族金属(PGM)として同一鉱床・同一製錬系で同時に生産される点が重要である。したがって「Pt価格だけで供給が調整されにくい」構造が生じやすく、リサイクルや代替触媒の議論が材料設計と不可分になる。

2. 歴史

  • 貴金属としての位置づけと精製技術

    • Ptは古くから耐食性と外観(白色光沢)で価値が認識されてきたが、工業材料としての普及は、PGMを分離・精製する湿式化学(塩化物系錯体化学など)と高温冶金の進展に強く依存してきた。
    • 「高純度Ptを安定供給できること」自体が、触媒・計測・電子用途の成立条件であり、材料の性能議論は精製プロセスと一体で発展してきた。
  • 触媒用途による需要構造の拡大

    • Ptの工業需要は、排ガス浄化触媒や石油化学・化学品合成触媒などの拡大により、装飾用途だけでは説明できない規模へ広がった。特に自動車触媒は規制(排出ガス規制)と連動しやすく、制度が需要を規定する代表例である。
    • 近年は水素エネルギー(燃料電池、電解、水素関連触媒)でPtの役割が再評価される一方、資源制約と価格変動が研究開発の方向(Pt低減・代替・回収)を同時に駆動している。

3. 白金を理解する

  • 「化学的に安定」だが「触媒として活性」という二面性

    • Ptは腐食しにくく酸化されにくい(バルクとしての安定性)が、表面では分子の吸着・解離を助け、反応の活性化障壁を下げうる。このため、触媒としてのPtは「何に担持され、どのような表面構造を持つか」が性能の中心変数となる。
    • 材料評価では、単にPt量(wt%)だけでなく、有効表面積(ECSA)や粒径分布、表面被毒(S、CO など)、担体の腐食・溶出を同時に見ないと、寿命や劣化機構が説明できない。
  • 酸化状態と錯体化学(Pt(II)/Pt(IV))

    • Ptは錯体化学が豊富で、Pt(II)・Pt(IV)の塩化物錯体やアミン錯体などが古典的に重要である。固体触媒の製造でも、前駆体化学種(塩化物由来の残渣など)が分散・粒成長・被毒に影響する場合がある。
    • 一方で実使用環境では「表面の部分酸化」「被毒」「支持体との界面状態」が支配的になりやすく、溶液化学の直観をそのまま固体触媒へ移すのではなく、表面分析(XPS、XAFSなど)で状態を同定しながら議論するのが再現性の高いアプローチである。
  • PGMとしての共生(Pt単独では語れない)

    • Ptは鉱床・製錬の段階でPd、Rh、Irなどと共生し、回収・分離の制約が連動する。したがって材料置換(Pt→Pdなど)は、性能だけでなく「供給網の制約をどこへ移すか」という設計問題でもある。
    • 触媒用途では特に、Pt/Pd/Rhの役割分担(酸化・還元・NOx処理など)と、熱劣化や被毒への耐性の違いが材料設計を分岐させる。

4. 小話

  • 「王水に溶ける」貴金属という例外

    • Ptは多くの酸に対して不活性であるが、条件によっては強い酸化性・配位性をもつ系(例:塩化物存在下の強酸化環境)で溶解・錯形成が進むことがある。これは「不活性=あらゆる条件で反応しない」ではないことを示す教育的な例である。
    • 実務的には、精製・分析・回収プロセスで塩化物系化学が頻出するため、材料側(装置材、耐食設計)と化学側(錯体化学)が同時に要求されやすい。
  • 触媒は“消耗品”であり“資源”でもある

    • Pt触媒は劣化する一方で、使用済み触媒は高価な資源でもあり、回収・再精製が供給の一部として機能する。材料研究が進むほど「回収しやすい設計(Design for Recycling)」が価値を持ちやすい。
    • 特に自動車触媒は回収システムが比較的成熟しており、一次資源偏在の影響を緩和する手段として重要である。

5. 地球化学・産状

5.1 主な鉱石・鉱物形態

  • 自然白金(Native platinum)
  • スペリーライト PtAs2(Pt砒化物)
  • クーペライト PtS、ブラッジャイト(Pt-Pd-Ni硫化物系として扱われることが多い)

補足:

  • Ptは単独鉱物としてよりも、PGMとして硫化物鉱床や層状貫入岩体、二次的な漂砂鉱床などで濃集して産することが多い。産状が鉱床タイプに強く依存するため、回収技術と不純物問題(硫黄、ヒ素など)が鉱床タイプで変わる。
  • PGMは同時産出が基本であり、採掘・選鉱・製錬の意思決定は複数元素の同時最適化として成立する。

5.2 鉱床タイプと回収の論点

  • 層状貫入岩体(大規模PGM鉱床として言及されることが多い)
    • 鉱石の品位だけでなく、共生鉱物相・硫化物相の性質が回収率・コストへ直結する。したがって資源評価は元素量ではなく「冶金的回収可能性」を含めて行う必要がある。
    • 地理的偏在が強い場合、地政学やエネルギーコストが供給安定性の主要因になり、材料設計側にも影響が波及する。

5.3 偏在と“重要鉱物”化

  • Ptは供給が特定地域・特定鉱床タイプに偏在しやすく、社会インフラ用途と結びつくことで“重要鉱物”としての議論が起きやすい。需給は価格だけでなく投資、操業リスク、精製能力、回収網の整備で動く。
  • 水素関連や排ガス規制など政策要因が需要を動かし得るため、材料研究は制度要件と同時に設計されやすい。

6. 採掘・製造・精錬・リサイクル

6.1 採掘(PGM鉱石としての回収)

  • Ptは多くの場合、PGM鉱石として他のPGMやベースメタルと共に採掘・選鉱される。よってPt供給は単独の需要だけでなく、同時に生産される元素群の市場と操業計画に拘束される。
  • 鉱山操業では品位の変動、電力・水・薬剤コスト、環境規制が回収コストに効きやすく、供給の弾力性が限定される局面が生じ得る。

6.2 製錬・精製(概念的フロー)

  • 選鉱精鉱は高温冶金(溶融・スラグ分離等)で濃縮され、続いて湿式精製で個別のPGMへ分離されることが多い。分離では塩化物錯体化学や沈殿・還元が鍵となり、最終的にPtスポンジや高純度地金として回収される。
  • ここで重要なのは、精製フローが“化学の設計”である点であり、溶媒・配位子・酸化還元条件が分離効率と不純物管理を支配する。

6.3 リサイクル(都市鉱山としてのPt)

  • 主な回収源は自動車触媒、化学プラント触媒、宝飾、電子部材などであり、回収網と前処理(焼成、粉砕、溶解、分離)が供給の一部として機能する。リサイクルは一次資源偏在のリスク低減に寄与し得る。
  • 一方で回収は品質保証(混入元素、担体由来不純物)とコストの両立が難しく、回収率向上は材料側の設計(触媒形態、担体、回収容易性)とも結びつく。

7. 物理化学的性質・特徴

7.1 熱・力学・輸送

項目内容(要点)備考
耐食性非常に高いただし条件により溶解・錯形成が起こり得る
高温安定性高い触媒の熱劣化は主に粒成長・担体劣化が支配
電気特性金属として導電薄膜・電極で用いられる
  • 補足
    • Ptの“材料としての強み”は、腐食しにくさと高温域での化学安定性にある。触媒系ではPt自身が壊れるより、粒子の焼結や担体の腐食・溶出が寿命を規定しやすい。
    • したがって性能設計は、Pt単体の物性よりも「ナノ構造・担体・界面」の工学へ重心が移りやすい。

7.2 触媒機能(表面・界面が本体)

  • Ptは表面での吸着・解離反応に優れ、酸化還元反応や水素関連反応で中核触媒として使われる。触媒活性は粒径、結晶面、欠陥、合金化、担体効果で大きく動くため、材料評価は“表面状態の定量化”と不可分である。
  • 劣化は、焼結(粒成長)、溶出・再析出、被毒、担体腐食など複数機構が並行し得る。よって加速試験の設計は、想定環境(温度、電位、ガス組成、湿度)を仕様として明示する必要がある。

7.3 医療・生体関連(錯体・薬剤)

  • Ptは固体触媒だけでなく、Pt錯体(例:白金系抗がん剤など)として生体分野にも重要な位置づけを持つ。これは「酸化状態・配位環境が機能を決める」というPtの特徴が、分野を越えて共通であることを示す。
  • 材料用途のPtと医薬用途のPtは規制・品質要求が大きく異なるが、局所構造の制御が性能へ直結するという点で、分析・同定技術の重要性は共通している。

8. 研究としての面白味

  • 触媒の“原子レベル設計”が社会インフラへ直結する

    • Ptは、ナノ粒子形状・合金化・担体界面という材料科学の設計変数が、そのまま排出ガス・エネルギー変換・化学品製造の性能へ直結しやすい。基礎研究(表面科学、分光、計算)と社会実装(触媒工学、寿命、回収)が近い距離にある題材である。
    • その一方で資源制約が強いため、研究成果は“Pt使用量低減”や“回収容易化”といった供給網課題の解にもなり得る。
  • 劣化・被毒・回復(リジェネレーション)の物理化学

    • Pt触媒の実用上の中心課題は、活性の高さだけでなく寿命と再生である。被毒種の吸着、表面酸化還元、粒成長、担体劣化が絡むため、単一現象で閉じず、マルチフィジックス・データ駆動解析と相性が良い。
    • operando計測(反応中その場観測)と第一原理計算・反応ネットワークモデルを統合することで、材料設計指針を“反応条件付き”で与える研究が成立しやすい。

9. 応用例

9.1 材料・デバイス別の利用軸

  • 自動車排ガス浄化触媒

    • Ptは排ガス浄化で重要な触媒成分として利用され、規制強化やエンジン技術の変化と需要が連動しやすい。熱履歴が厳しく、焼結や担体劣化に対する設計(担体選定、貴金属分散、添加剤)が核心になる。
    • リサイクル回収が供給の一部として機能しやすく、触媒の設計段階から回収・精製を意識する価値が高い。
  • 化学工業触媒(酸化・水素化・脱水素など)

    • Ptは化学プロセスで高選択・高活性触媒として用いられ、反応条件と担体・配位環境が選択性を規定する。少量の被毒や不純物で挙動が変わり得るため、プロセス側(原料純度、操作条件)と触媒側の共同最適化が必要になる。
    • 触媒の寿命・再生が経済性を左右し、材料性能がそのまま装置運用の設計変数になる。
  • 水素エネルギー(燃料電池・電解・関連触媒)

    • Ptは燃料電池で代表的な電極触媒として位置づけられ、Pt低減(高分散、合金化、コアシェル化など)と耐久性(溶出・炭素腐食)の両立が研究の中心課題である。水素社会の議論では、材料性能だけでなく供給網とリサイクルが成立条件として扱われやすい。
    • ここでは“触媒量”がコストだけでなく供給制約にも直結するため、設計目標が複数目的最適化になりやすい。
  • 宝飾・高耐食部材・計測材料

    • Ptは耐食性と外観で宝飾に用いられるほか、耐食が要求される部材や高温・化学環境での計測部材にも使われる。用途によって純度要求・加工法・合金設計(Pt-Ir等)が分岐する。
    • 工業用途では、腐食しないこと自体が“機能”であり、代替材選定は腐食環境の仕様化から始める必要がある。

10. 地政学・政策・規制

  • 供給集中と重要鉱物としての扱い

    • PtはPGMとして供給が偏在しやすく、エネルギー・環境・輸送などのインフラ用途と結びつくため、多くの地域で重要鉱物の文脈で扱われる。需給は投資・操業リスク・精製能力・リサイクル体制の影響を強く受ける。
    • したがって材料研究でも、Ptの性能向上だけでなく、Pt使用量低減や回収性向上が“技術仕様”として組み込まれやすい。
  • 日本語情報の追い方(国内実務の入口)

    • 日本ではJOGMEC(金属資源情報)が、需給動向、マテリアルフロー、個別鉱種の調査報告の入口として有用である。Pt単体ではなくPGMとして整理されることが多いため、関連鉱種・関連用途(触媒・自動車・水素)をセットで追うと全体像が取りやすい。
    • 重要鉱物政策・産業安全保障の観点から、回収・再資源化の高度化や調達多元化が議論される局面が増えるため、材料側の研究テーマ設定(代替、低減、寿命、回収)と政策側の要請が一致しやすい。

まとめと展望

白金(Pt)は、耐食・高温安定という“壊れにくさ”と、表面触媒としての“反応を動かす力”が同居する貴金属である。自動車触媒・化学触媒・水素エネルギーといった社会インフラ用途に直結するため、材料設計は供給制約とリサイクルを含む条件付き最適化になりやすい。今後は、Pt低減(高分散・合金・構造設計)と耐久性・回収性の同時達成が中心課題となり、operando計測と計算・データ解析を統合した“反応条件付き設計指針”の確立が鍵になる。

参考文献