固体物理学入門 (Kittel, 2005)
本ページは、C. Kittel『Introduction to Solid State Physics(固体物理学入門)』を軸に、固体物理の主要概念を式とともに体系化した技術文書である。章題と概念の対応、重要式の物理的意味、周辺文献との関係を一体で整理する。
参考ドキュメント
- 紀伊國屋書店:固体物理学入門(上)第8版(章題・内容説明)
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784621076538 - 紀伊國屋書店:固体物理学入門(下)第8版(章題・内容説明)
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784621076545 - Wiley-VCH 書誌:Introduction to Solid State Physics(ISBN 9781119454168, 2018)
https://www.wiley-vch.de/en?option=com_eshop&view=product&isbn=9781119454168
1. 書誌情報と版の対応
1.1 英語版(Wiley 系)
- 原著:Charles Kittel, Introduction to Solid State Physics.
- 英語版は複数の版が流通しており、同名でも “Global Edition” の扱いや章の細部が異なる場合がある。
- 版を厳密に揃えたい場合、ISBN と刊行年で同定するのが確実である。
参考までに、Wiley-VCH の書誌では 2018 年刊の版(ISBN 978-1-119-45416-8)が示されている(版表記は地域・系列で揺れ得るため、ここでは ISBN を主とする)。
- Wiley-VCH 書誌:Introduction to Solid State Physics, Kittel, 9781119454168(2018)
1.2 日本語版(丸善出版、分冊)
日本語版は第7版・第8版が流通し、第8版は上巻(第1〜10章+付録)・下巻(第11章以降)に分冊されている。
第8版(上)の章題(第1〜10章)
- 1 結晶構造
- 2 波の回折と逆格子
- 3 結晶結合と弾性定数
- 4 フォノン1:結晶の振動
- 5 フォノン2:熱的性質
- 6 自由電子フェルミ気体
- 7 エネルギーバンド
- 8 半導体
- 9 フェルミ面と金属
- 10 超伝導
- 付録
第8版(下)の章題(第11〜22章)
- 11 反磁性と常磁性
- 12 強磁性と反強磁性
- 13 磁気共鳴
- 14 プラズモン、ポラリトン、ポーラロン
- 15 光学的過程と励起子
- 16 誘電体と強誘電体
- 17 表面および界面の物理学
- 18 ナノ構造
- 19 非晶質固体
- 20 点欠陥
- 21 転位
- 22 合金
第7版(上)は 1998 年刊として書誌に記載がある(第7版の下巻も別途流通する)。版差の比較は、章題だけでなく章順や追加章(例:ナノ構造)に注意して扱うのがよい。
1.3 版差を読む観点
| 観点 | 何が変わり得るか | 学習への影響 |
|---|---|---|
| 章順 | 超伝導・磁性の位置が前後することがある | 先にバンド・半導体を置くか、相互作用の章を早めに置くかで、理解の流れが変わる |
| 追加章 | ナノ構造、表面・界面、欠陥・転位、非晶質など | 現代物性の入り口(低次元・乱れ・サイズ効果)へ接続しやすい |
| 記法 | 逆格子、誘電関数、磁化、感受率などの記号が版や文献で揺れる | 「量の定義」「次元」「極限」を基準に対応付けるのがよい |
2. 本書が扱う固体物理の全体像
キッテルの固体物理は、概ね次の一本の道筋で整理できる。
- 構造(周期性)
結晶構造・対称性・逆格子・回折で「空間周期」を定義する。 - 励起(時間変動)
格子振動(フォノン)として「原子の運動」を量子化し、熱・音・熱輸送へ接続する。 - 電子状態(占有・分散)
自由電子・フェルミ面・バンド理論で「電子の運動と占有」を規定する。 - 物性(応答)
金属輸送、半導体、光学応答、誘電、磁性、超伝導など、外場に対する応答を統一的に見る。 - 不完全性(乱れ・境界・サイズ)
表面・界面、点欠陥、転位、合金、非晶質、ナノ構造へ拡張し、現実材料へ接続する。
この地図により、各章は「どの自由度(格子・電子・スピン・電磁場)を主役に置いているか」で分類できる。
3. 章立て対応の要点整理(第1〜22章)
以下では、日本語第8版の章題(上:1〜10、下:11〜22)を基準に、概念・式・物理像をまとめる。
第1章 結晶構造
結晶は並進対称性により、実空間格子ベクトル a1, a2, a3 と基底(basis)に分解される。
- ブラベー格子:並進対称性を担う。
- 基底:単位胞内の原子配置を担う。
単位胞体積を
とすると、以後の逆格子や散乱条件が簡潔に書ける。
結晶方位や面指数(ミラー指数)は、回折の議論と直結するため、この章で「幾何の言語」を固めることが重要である。
第2章 波の回折と逆格子
逆格子ベクトル b1, b2, b3 は
で定義される。任意の逆格子点は
である。
散乱ベクトル q に対する回折条件は
である。これはブラッグ条件
と同値である。
多原子基底をもつ場合、構造因子
が強度を決め、
となる。ここで重要なのは、逆格子点が存在しても構造因子が 0 ならピークが消える点である。
第3章 結晶結合と弾性定数
結合の起源は多様である(共有結合、イオン結合、金属結合、分子結晶のファンデルワールス結合など)。キッテルでは、結合様式の違いが弾性定数やフォノン、バンド幅にどう反映されるかが中心である。
線形弾性では
であり、立方晶では独立成分が 3 つに簡約されることが多い。
- 弾性定数はエネルギー密度 u(ε) の 2 次微分として出現する。
この見方は、フォノン分散(小 k の傾き)と弾性波速度が弾性定数で決まることと直結する。
第4章 フォノン1:結晶の振動
調和近似での格子振動は正規モードへ分解される。最も基本の像は 1 次元単原子鎖である。
格子間隔 a、最近接ばね定数 K に対して、分散は
となる。群速度は
であり、長波長極限(k→0)で音速が得られる。
二原子基底をもつ場合、音響分枝と光学分枝が現れ、光学分枝が赤外吸収や誘電応答と接続する(第15〜16章に再登場する)。
第5章 フォノン2:熱的性質
デバイ模型では状態密度を
とし、低温比熱が
となる(T≪ΘD)。
熱伝導率は、運動論的な見通しとして
で表され、温度依存は散乱機構(ウムクラップ、欠陥、境界など)が平均自由行程 ℓ をどう支配するかとして理解される。
第6章 自由電子フェルミ気体
自由電子近似の分散は
である。電子密度 n からフェルミ波数は
で与えられる。
重要な含意は、通常の金属で T≪TF が成立するため、熱励起がフェルミ面近傍に限られる点である。これにより、電子比熱が
となること、パウリ常磁性が温度に弱い依存しか示さないことが理解できる。
第7章 エネルギーバンド
周期ポテンシャル V(r+R)=V(r) の下で、ブロッホの定理により
が成立する。群速度は
である。
ほぼ自由電子近似は、弱い周期摂動がブリルアン境界でギャップを開く像を与える。タイトバインディング近似は、局在軌道の重なりがバンド幅を与える像を与える。
有効質量は曲率から
として定義され、輸送・光学・半導体物理で繰り返し登場する。
第8章 半導体
ギャップ Eg をもつ半導体の基礎は、キャリア数が統計と状態密度で決まる点にある。真性キャリア濃度の基本スケールは
である(厳密には有効状態密度の温度冪が前因子に入る)。
ドーピングによりフェルミ準位が動き、p 型・n 型の振る舞いが設計できる。輸送は移動度 μ とキャリア密度で
と書ける。
pn 接合はポテンシャル障壁と空乏層を通して整流・光起電力を生み、固体物理がデバイスへ接続する基本例である。ここでの「電荷・電場・拡散」の捉え方は、表面・界面(第17章)や欠陥(第20章)にも連動する。
第9章 フェルミ面と金属
金属物性の多くはフェルミ面 ε(k)=εF の幾何・トポロジーで決まる。
- 伝導:フェルミ面上の速度 v(k) が中心である。
- 異方性:結晶対称性がフェルミ面形状に反映する。
- 散乱:緩和時間 τ が輸送係数へ入る。
ボルツマン方程式の緩和時間近似で、直流伝導率は基本形として
となる(厳密にはバンドの速度・曲率の積分で与えられる)。
第10章 超伝導
巨視的には、マイスナー効果とロンドン方程式が中心である。磁場 B の空間減衰は
で表され、侵入長 λL が定義される。
BCS 理論では秩序パラメータとエネルギーギャップ Δ が導入され、臨界温度 Tc と結び付く。低温熱容量などの指数的振る舞いは、ギャップの存在に由来する。
タイプ I / II の区別、渦糸(ボルテックス)と混合状態は、電磁場と秩序の競合(侵入長・コヒーレンス長の比)として理解される。
第11章 反磁性と常磁性
磁化 M と磁場 H の線形応答として
が導入される。反磁性は軌道運動、常磁性は未対電子スピンの配向が中心である。
キュリー則は
であり、相互作用がある場合はキュリー・ワイス則
が現れる。Θ の符号や大きさが、強磁性・反強磁性への傾向を示唆する量となる。
第12章 強磁性と反強磁性
交換相互作用により、スピン配列が協同的に秩序化する。基本模型としてハイゼンベルク模型
が用いられる。J>0 なら強磁性、J<0 なら反強磁性の傾向である。
低エネルギー励起としてスピン波(マグノン)が現れ、熱励起により磁化が低下する。スピン波の分散は結晶・相互作用範囲に依存するが、長波長では
型(強磁性)になることが多い。
磁気異方性、磁区、磁壁は、交換・双極子・磁気異方性・磁歪などのエネルギー競合として理解され、材料の磁気機能(保磁力・損失・磁歪)にも接続する。
第13章 磁気共鳴
スピンの歳差運動から磁気共鳴(EPR/ESR、FMR など)が理解される。ラーモア歳差は
で表され、共鳴条件は有効磁場により定まる。
共鳴は緩和(線幅)と結び付き、微視的散乱やスピン軌道相互作用、格子との結合(スピン格子緩和)を通して物性へ反映する。
第14章 プラズモン、ポラリトン、ポーラロン
集合励起の章である。
- プラズモン:電子密度揺らぎの集団モード。基本頻度は
である。
- ポラリトン:光と物質励起(例:光学フォノン、励起子)との混成。
- ポーラロン:電子(または正孔)が格子歪みを伴って運動する準粒子。
ここでは誘電関数 ε(ω,k) を通した統一的記述が重要である。
第15章 光学的過程と励起子
光吸収・発光は、バンド間遷移と選択則、状態密度で決まる。
励起子は電子・正孔の束縛状態であり、水素様模型の固体版として、束縛エネルギーが
で与えられる(μ は換算質量、ε は誘電率)。遮蔽と有効質量が束縛を弱め、励起子半径を大きくする点が固体らしい要点である。
第16章 誘電体と強誘電体
ローレンツ振動子模型の基本形として、誘電関数は
のように表される。極性結晶では光学フォノンが強く反映し、反射や吸収に顕著な構造が出る。
強誘電体では自発分極が生じ、相転移(秩序化)として理解される。格子不安定性、ソフトモードは、フォノンの章と直結する概念である。
第17章 表面および界面の物理学
表面は並進対称性が破れるため、バルクとは異なる電子状態(表面状態)や再構成が生じる。界面ではバンド整列、空乏・蓄積、界面準位などが現れ、デバイス機能の基礎となる。
基本は、ポアソン方程式
と、キャリア統計・境界条件の結合である。半導体章で学ぶ電荷分布の考え方がここで拡張される。
第18章 ナノ構造
量子閉じ込めにより状態密度が次元で変わる点が中心である。
- 3 次元:g(E) が √E に比例(自由電子の基本形)
- 2 次元:g(E) が定数(段差状)
- 1 次元:g(E) が 1/√(E−En) 型の特異性
- 0 次元:離散準位
サイズが短くなると表面・界面の寄与が支配的になり、散乱・輸送・光学が一体で変化する。
第19章 非晶質固体
長距離秩序がない系である。回折ピークがブロードになり、短距離秩序(配位、多体相関)が重要になる。
フォノン概念も修正され、低温比熱や熱伝導が結晶とは異なる振る舞いを示すことが多い。乱れによる局在(電子のアンダーソン局在)も視野に入る。
第20章 点欠陥
点欠陥はエネルギーとエントロピーの競合で平衡濃度が決まる。形成エネルギー Ef を用いると、濃度 c は基本形として
となる。
点欠陥はキャリア補償、散乱中心、拡散源として働き、半導体・金属輸送・相転移の理解に不可欠である。
第21章 転位
転位は結晶塑性を担う線欠陥であり、弾性論と結び付く。転位周りの歪場は散乱・拡散・界面反応にも影響し、材料の巨視的性質へ強く反映する。
第22章 合金
合金は「乱れ」と「新しい周期性(規則格子、超格子)」の両面をもつ。電子構造(バンド)と散乱(抵抗)、相図(熱力学)を結合して理解することが基本である。
4. 重要式のまとめ
以下は、キッテルで頻出する式を「何を主張する式か」で対応付けた一覧である。
| 分野 | 量 | 基本式 | 意味 |
|---|---|---|---|
| 結晶・回折 | 逆格子 | b1,b2,b3 の定義 | 実空間周期のフーリエ空間表現である |
| 結晶・回折 | 回折条件 | k'−k=G | 散乱ベクトルが逆格子に一致する条件である |
| 弾性 | 線形弾性 | σ=C:ε | 応力と歪の線形応答である |
| フォノン | 1D 分散 | ω=2√(K/M) | sin(ka/2) |
| 熱 | デバイ比熱 | CV ∝ (T/ΘD)^3 | 低温で音響分枝が支配することの反映である |
| 電子 | 自由電子 | ε=ħ^2k^2/2m | 電子波の基本分散である |
| 電子 | フェルミ波数 | kF=(3π^2n)^(1/3) | 占有数が体積で決まることの表現である |
| バンド | ブロッホ | ψ=u e^ | 周期性が波動関数の形を拘束する |
| 半導体 | 真性濃度 | ni ∝ exp(−Eg/2kBT) | ギャップが熱励起を抑える |
| 磁性 | ハイゼンベルク | H=−ΣJ Si·Sj | 交換相互作用による秩序化の基本模型 |
| 超伝導 | ロンドン | ∇^2B = B/λL^2 | マイスナー効果の空間スケールを与える |
| 集合励起 | プラズマ | ωp^2 = ne^2/(ε0 m*) | 電子密度揺らぎの固有周波数である |
| 誘電 | ローレンツ | ε(ω)=ε∞+Σ f/(ω0^2−ω^2−iγω) | 応答が共鳴で決まる基本像である |
5. 演習問題の位置づけ
キッテルの演習は、式の暗記ではなく「近似の選択」と「スケールの見積り」を訓練する性格が強い。解く際は次を意識すると整理が進む。
- 何が自由度か(格子、電子、スピン、電磁場)を最初に特定する。
- 有効模型の仮定を明確にする(調和近似、自由電子近似、弱摂動、緩和時間近似など)。
- 次元解析を行い、式が量の次元と整合することを確かめる。
- 極限を確認する(T→0、k→0、弱結合、長波長など)。
- 実験量との対応(回折ピーク、比熱の温度依存、抵抗率、帯域ギャップ、磁化曲線)を文章で説明できる形にする。
まとめと展望
キッテル『固体物理学入門』は、結晶の周期性(逆格子)から始めて、フォノンと電子状態(フェルミ面・バンド)を経由し、磁性・光学・誘電・超伝導・欠陥・表面・ナノ構造へ展開することで、固体物理の全体像を短い距離で眺める骨格を与える書である。式の導出を一冊で完結させるというよりも、基本模型の「何が本質で、何を捨てたか」を掴ませ、実験事実へ結び付けるところに強みがある。
今後は、キッテルの模型言語を基盤として、第一原理計算(電子状態)、連続体理論(弾性・電磁場)、統計力学(相転移・ゆらぎ)、低次元・強相関・トポロジーなどの現代的主題へ接続することで、教科書的理解を研究対象へ自然に押し広げられる見通しが得られる。
参考文献
- 丸善ジュンク堂書店:キッテル固体物理学入門(上)第8版(ISBN・刊行日などの書誌)
https://www.maruzenjunkudo.co.jp/products/9784621076538 - Wiley Instructor Companion Site(Kittel 8th edition の教材導線)
https://bcs.wiley.com/he-bcs/Books?action=index&itemId=047141526X&bcsId=2254 - MIT OpenCourseWare:Solid State Physics(講義資料の例として)
https://ocw.mit.edu/ - Nobel Prize(プレスリリースとしての位置づけ)
1956 Physics Prize(トランジスタ関連) https://www.nobelprize.org/prizes/physics/1956/summary/
1972 Physics Prize(BCS 理論) https://www.nobelprize.org/prizes/physics/1972/summary/
1972 Press release https://www.nobelprize.org/prizes/physics/1972/press-release/ - 代表的原論文
- F. Bloch, “Über die Quantenmechanik der Elektronen in Kristallgittern,” Z. Phys. (1929).
- J. Bardeen, L. N. Cooper, J. R. Schrieffer, “Theory of Superconductivity,” Phys. Rev. 108, 1175 (1957).
- P. Debye, “Zur Theorie der spezifischen Wärme,” Ann. Phys. (1912).
- P. Drude, “Zur Elektronentheorie der Metalle,” Ann. Phys. (1900).
- W. Heisenberg, “Zur Theorie des Ferromagnetismus,” Z. Phys. (1928).