CALPHAD法(計算熱力学)による状態図・相平衡予測
CALPHAD法は、各相のギブスエネルギーを温度・圧力・組成の関数としてモデル化し、全ギブスエネルギー最小化によって相平衡を計算する枠組みである。実験データと第一原理計算を統合し、多元系の状態図・化学ポテンシャル・駆動力を一貫して扱えることが強みである。
参考ドキュメント
- Thermo-Calc, CALPHAD Methodology https://thermocalc.com/about-us/methodology/the-calphad-methodology/
- R. Otis and others, CALPHAD-based Computational Thermodynamics in Python (pycalphad), Journal of Open Research Software 5, 2017 https://openresearchsoftware.metajnl.com/articles/jors.140
- 小野寺秀博, 計算材料科学の進展と展望, 鉄と鋼 100(10), 1207-1214 (2014) https://www.jstage.jst.go.jp/article/tetsutohagane/100/10/100_1207/_html/-char/ja
1. 相平衡はギブスエネルギー最小化で決まる
相集合
と書く(
制約条件は物質収支である。
ここで
平衡状態とは、これら制約の下で
で定義され、相境界やタイライン、反応の駆動力計算に直結する。
2. 「相の自由エネルギー」モデルの作り方
2.1 一般形:基準項+理想混合+過剰項
置換型固溶体での典型的な分解は次である。
- 第1項:純物質(あるいは基準状態)からの寄与
- 第2項:理想混合エントロピー
- 第3項:非理想性(相互作用)を表す過剰ギブスエネルギー
- 第4項:磁気、秩序化、体積(圧力)などの追加寄与
過剰項はRedlich–Kister多項式で表すことが多い(二元系):
2.2 構造を明示する:副格子モデルとCEF
金属間化合物、秩序相、侵入型固溶体(C, N, Hなど)を扱うには、副格子(sublattice)表現が有効である。例えば二副格子相
Compound Energy Formalism(CEF)では、エンドメンバー(仮想化学種の組)に基づいて自由エネルギーを組み立て、秩序・欠陥・侵入原子を一つの形式で扱うことができる。多元系の拡張性を優先するのがCALPHADの設計思想である。
2.3 磁性寄与
Fe基などでは磁気転移が相安定や比熱に効くため、磁気自由エネルギー項
3. データベース(TDB)
CALPHADは「相」を基本単位として、純物質→二元→三元…の情報を整備し、外挿則(モデルの一貫性)で高次系へ拡張する。
- 熱力学データベース:各相の
のパラメータ群 - 付随データベース:原子移動度(拡散)、熱伝導、弾性などに拡張される場合がある
多元系での予測精度は、(i) 参照する二元・三元の評価品質、(ii) 目的相がデータベースに含まれているか、(iii) 相モデル(副格子設定)が物理実体を外していないか、に強く依存する。
4. 熱力学評価
CALPHADの品質は熱力学評価に依存する。その手順は次である。
- 対象系の相リスト確定(安定相・準安定相を含む)
- 入力データ収集(熱分析、活量、溶解度限、相境界、比熱、エンタルピー等)
- 相モデル選択(置換型、侵入型、副格子、秩序相など)
- パラメータ最適化(全データを同時に説明するよう同定)
- 検証(未使用データ、別経路の実験、他系への整合性)
- 公開・運用(計算条件の標準化、更新履歴の管理)
第一原理計算は、実験が不足する領域(高温準安定相、希薄溶解、三元相の形成エンタルピーなど)の補助データとして導入されることが多い。
5. アウトプットと読み方
5.1 状態図(平衡計算)
- 二元T–x、三元等温断面、多元等温断面、液相面投影など
- タイライン、三相平衡(不変反応)を計算で探索できる
5.2 化学ポテンシャルと駆動力
任意の相
ს.3 Scheil–Gulliverなどの非平衡凝固近似
- 固相内拡散なし、液相完全混合などの仮定で凝固偏析を予測する
- 実プロセスの方向性を掴む用途に強いが、拡散・核生成は別途モデル化が必要である
5.4 拡散・時効(CALPHAD + mobility)
熱力学(駆動力)と移動度(拡散係数)を組み合わせると、濃度プロファイル、成長速度、析出の時間発展を扱える。工学的には熱処理設計や偏析評価に直結する。
6. フェーズフィールド・組織予測への接続
フェーズフィールド法では、局所自由エネルギー密度
一例として、グランドポテンシャル形式では
を用い、局所平衡を満たす
7. 注意点
- データベース外挿の限界:高次系では未評価の相や副格子設定の誤りが致命的になる
- 準安定相の扱い:データベースに含まれていなければ計算上は存在しない
- 物理の省略:短距離秩序、強相関、非調和、電子励起などは自由エネルギーに“折りたたまれている”ため、機構解釈には補助情報が要る
- 不確かさ:相境界の誤差は入力データの散らばりとモデル自由度に依存するため、感度解析と検証が必須である
8. ソフトウェアと運用の目安
- 商用:Thermo-Calc、Pandat、FactSage など(データベースと統合されたワークフローが強い)
- オープン:pycalphad、OpenCALPHAD系(研究・教育用途で透明性が高い)
運用では、(i) 目的相と温度域を満たすデータベース選択、(ii) 最小系(2元/3元)の再現確認、(iii) 目的の多元計算、(iv) 感度解析、の順で進めるのが再現性を上げやすい。
まとめ
CALPHAD法は、相ごとのギブスエネルギーをモデル化し、全ギブスエネルギー最小化で多元系の相平衡を計算する枠組みである。副格子モデルやCEFにより、固溶体から秩序相・侵入型まで一貫した表現が可能となり、実験と第一原理計算を統合してデータ不足領域も補完できる。状態図の予測に留まらず、化学ポテンシャル・駆動力・凝固偏析・拡散やフェーズフィールド連成へと接続できるため、材料設計からプロセス設計までの共通言語として機能する。