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電磁界シールドの基礎

電磁界シールドは、外乱電磁界の結合経路を断ち、対象領域に到達する電界・磁界・電力を減衰させるための技術である。高周波ほど「材料」より「開口・継ぎ目・参照面」が支配的になり、低周波ほど「透磁率・飽和・幾何」が支配的になりやすい。

参考ドキュメント

1. 何をシールドするのか:近傍界と遠方界

電磁界は電界 E と磁界 H で記述されるが、波源の近傍では E 優勢(高インピーダンス源)と H 優勢(低インピーダンス源)で振る舞いが異なる。遠方界では平面波近似が成り立ち、波のインピーダンス

Zw=EH

がほぼ一定(自由空間ではおよそ一定)として扱われる。一方、近傍界では Zw が距離や周波数に依存し得るため、同じ材料・同じ厚みでも「電界シールドとして強い」一方で「磁界シールドとして弱い」などの非対称性が現れる。

2. 遮蔽効果の定義

遮蔽効果(Shielding Effectiveness, SE)は、シールド無しの場(または電力)と、シールド有りの場(または電力)の比をデシベルで表す量である。代表的には

  • 電界に対する遮蔽効果
SEE=20log10(|E0||E1|) [dB]
  • 磁界に対する遮蔽効果
SEH=20log10(|H0||H1|) [dB]
  • 電力(強度)に対する遮蔽効果
SEP=10log10(P0P1) [dB]

である。測定法や規格により EH、平面波(電力)いずれを対象にするかが明確に定義されるため、まず「何のSEか」を揃える必要がある。

3. シールドが効く物理:反射・吸収・多重反射(Schelkunoff分解)

金属板や導電性材料の典型的な説明として、遮蔽効果は概念的に

SER+A+M

で表される。ここで

  • R:境界でのインピーダンス不整合に由来する反射損
  • A:材料内部での減衰(吸収損)
  • M:材料内部での多重反射の補正項

である。実際には条件により M が無視できる場合もあるが、薄い導電層や吸収が小さい条件では M の影響が無視できないことがある。

吸収損の主要なスケールは表皮深さで与えられる。

δ=2ωμσ=2ρωμ

ここで σ は導電率、ρ は抵抗率、μ は透磁率、ω=2πf である。f が上がるほど δ は小さくなり、同じ厚み t に対して実効的な吸収は増える方向に働く。

4. 周波数領域で変わる設計思想:低周波磁界と高周波電磁波

低周波磁界(準静的)では、導体反射よりも「磁束を通さない/迂回させる」発想(高透磁率材料による磁束のガイド)が効きやすい。一方、高周波(電磁波領域)では、導体表面電流による反射と、表皮効果に伴う吸収が支配的になりやすい。

次の表は設計上の整理である(境界は連続であり、周波数・距離・波源で入れ替わる)。

対象支配的になりやすい要因代表材料注意点
低周波の磁界(近傍界H)高透磁率による磁束のバイパス、飽和高透磁率合金、積層構造飽和磁束密度が設計を決める。隙間や継ぎ目の磁気抵抗が支配的になりやすい
低周波の電界(近傍界E)導体による静電遮蔽金属箔、導電塗装接地の取り方でコモンモード結合が変化する
高周波の平面波(遠方界)反射+吸収(表皮効果)Cu/Al/Fe系金属、導電複合材開口・スロットが「アンテナ」になり得る
高周波だが磁界結合が強い渦電流による減衰、磁性損失も関与金属+磁性シートの複合発熱、共振、局所的な電流ループに注意

5. 材料選択の観点:導電率・透磁率・厚み・複合化

5.1 金属(Cu, Al, 鋼など)

金属は高い導電率により反射損 R が大きく、また高周波では表皮効果で吸収損 A が増える。薄い金属箔でも高周波電界に対しては有効になり得る一方、低周波磁界に対しては効きにくいことがある。

5.2 高透磁率材料(低周波磁界向け)

磁界シールドでは、透磁率の大きい材料で磁束を「通しやすい経路」に誘導し、シールド内へ入る磁束を減らす。重要なのは透磁率だけでなく、飽和、加工ひずみによる特性変化、隙間(磁気抵抗)である。

5.3 磁性シート・複合シールド(近傍界の抑制)

磁性フィラーを含むシートは、近傍界での磁界成分を抑制する目的で用いられる。導電層と組み合わせた多層化により、薄型化と広帯域化を両立させる設計が採られることがある(用途により最適構成は変わる)。

5.4 導電性高分子・導電塗装・メタライズド材

軽量化や加工性を重視する場合、導電フィラー(炭素系、金属系)で導電ネットワークを形成した複合材が選ばれる。導電率が金属に比べて小さいため、同じSEを狙うなら厚みや多層化、吸収の確保が必要になる場合がある。

6. 構造設計がSEを決める:継ぎ目・開口・ケーブル貫通

高周波では「穴があると半減」ではなく、穴やスロットが特定周波数で強く放射・透過するため、狭い領域の性能が全体を支配し得る。代表的な論点を列挙する。

  • 継ぎ目(接触抵抗、導通不良)

    • 電流の戻り経路が途切れると、継ぎ目がスロットアンテナとして振る舞い得る
    • ガスケット(導電性ガスケット等)や面圧、導電面処理が支配的になる
  • 開口(換気口、表示窓、メッシュ)

    • 開口は波導波路として扱え、カットオフ(遮断)を満たす設計が有効になる場合がある
    • 例えば代表寸法 a を持つ開口のカットオフ周波数は、概念的に fcc/(2a) のスケールで増減する(形状・境界条件で係数は変わる)
  • 貫通(ケーブル、コネクタ)

    • シールド筐体のSEは、貫通部のフィルタリングや360度シールド接続で決まる場合が多い
    • シールドの「端末処理」が不十分だと、ケーブルがアンテナとして支配的な漏れ経路になり得る

7. 測定法と規格

シールドの評価は、試料形態(筐体か平板材か)、周波数帯、近傍界か平面波かにより標準手法が分かれる。代表例を比較する。

目的対象主な手法周波数帯の例得られる量
シールドルーム・筐体のSEエンクロージャアンテナを内外に置く測定(標準化された手順)kHz〜GHz(規格により定義)SEE,SEH または平面波SE
平板シールド材のSEシート・フィルム同軸伝送線路治具で挿入損失を測る(ASTM系)およそ数十MHz〜GHz帯(規格で定義)平面波SE(そこから近傍界換算の議論もある)
TEMセル系の簡便測定シート材TEMセル類似構造による測定(機関法)低周波〜GHz帯(装置法で定義)電界SE、磁界SEなど
反響室(Reverberation chamber)筐体・材料・システム統計的に均一な場を用いる標準法(IEC系)典型的に高周波側で有利放射試験・イミュニティ・SEの関連量

補足として、国内ではシート材評価に特化した独自手法(TEMセル概念を取り入れた方法など)も提案・提供されている。

8. 計算・シミュレーション

電磁界シールドは「材料定数」だけでなく「開口・共振・戻り電流経路」の問題であるため、計算電磁気学が有効である。

  • 全波解析(FEM, FDTD, MoM)

    • 開口・スロット・筐体共振、内部の定在波、ケーブル結合を扱える
    • 材料は表面インピーダンス境界条件や薄膜モデルで扱うと計算が安定する場合がある
  • 等価回路化(低周波〜中間域で有効)

    • 継ぎ目の接触抵抗・インダクタンス、ガスケットの等価インピーダンスなどを回路要素で近似する
    • 設計変数(面圧、接触長、ピッチ)とSE変化の感度解析に向く
  • 逆解析・パラメータ同定

    • 測定Sパラメータや挿入損失から、シート抵抗や有効導電率、複素透磁率のモデルパラメータを推定する枠組みが用いられる
    • ただし、モデルの不定性(開口や治具の寄生が支配すると一意に決まらない)を常に点検する必要がある

9. 応用例

  • 通信機器・携帯機器:薄型化と開口(スピーカ、窓、アンテナ)共存が課題である
  • 電力変換(インバータ、SiC/GaN):スイッチング高調波による広帯域ノイズが問題になりやすい
  • 車載:長いハーネスと筐体が混在し、貫通部設計が支配的になりやすい
  • 医療・計測:低周波磁界の影響を避ける必要があり、高透磁率材と導体層の多層化が採られることがある
  • シールドルーム・暗室:規格に沿ったSE測定と維持管理が中心課題になる

まとめ

電磁界シールドは、遮蔽効果の定義(EH、平面波)、反射・吸収・多重反射という物理、表皮深さによる周波数スケーリング、そして開口・継ぎ目・貫通といった構造支配を同時に扱うことで成立する。目的周波数帯と結合形態(近傍界か遠方界か)を最初に固定し、材料選択と構造設計を測定規格に整合させて閉じることが、再現性のあるシールド設計の中心である。

参考資料