電磁界シールドの基礎
電磁界シールドは、外乱電磁界の結合経路を断ち、対象領域に到達する電界・磁界・電力を減衰させるための技術である。高周波ほど「材料」より「開口・継ぎ目・参照面」が支配的になり、低周波ほど「透磁率・飽和・幾何」が支配的になりやすい。
参考ドキュメント
- IEEE 299(シールドエンクロージャの遮蔽効果測定手順) https://standards.ieee.org/ieee/299/11952/
- TDK EMC設計の手法概説(シールドと開口・スロットの考え方を含む) https://product.tdk.com/system/files/dam/doc/content/emc-guidebook/ja/jemc_basic_01.pdf
- 村田製作所 ノイズ対策 基礎講座(シールド効果、多重反射などの整理) https://www.murata.com/ja-jp/products/emc/emifil/library/knowhow/basic/chapter04-p3
1. 何をシールドするのか:近傍界と遠方界
電磁界は電界
がほぼ一定(自由空間ではおよそ一定)として扱われる。一方、近傍界では
2. 遮蔽効果の定義
遮蔽効果(Shielding Effectiveness, SE)は、シールド無しの場(または電力)と、シールド有りの場(または電力)の比をデシベルで表す量である。代表的には
- 電界に対する遮蔽効果
- 磁界に対する遮蔽効果
- 電力(強度)に対する遮蔽効果
である。測定法や規格により
3. シールドが効く物理:反射・吸収・多重反射(Schelkunoff分解)
金属板や導電性材料の典型的な説明として、遮蔽効果は概念的に
で表される。ここで
:境界でのインピーダンス不整合に由来する反射損 :材料内部での減衰(吸収損) :材料内部での多重反射の補正項
である。実際には条件により
吸収損の主要なスケールは表皮深さで与えられる。
ここで
4. 周波数領域で変わる設計思想:低周波磁界と高周波電磁波
低周波磁界(準静的)では、導体反射よりも「磁束を通さない/迂回させる」発想(高透磁率材料による磁束のガイド)が効きやすい。一方、高周波(電磁波領域)では、導体表面電流による反射と、表皮効果に伴う吸収が支配的になりやすい。
次の表は設計上の整理である(境界は連続であり、周波数・距離・波源で入れ替わる)。
| 対象 | 支配的になりやすい要因 | 代表材料 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 低周波の磁界(近傍界H) | 高透磁率による磁束のバイパス、飽和 | 高透磁率合金、積層構造 | 飽和磁束密度が設計を決める。隙間や継ぎ目の磁気抵抗が支配的になりやすい |
| 低周波の電界(近傍界E) | 導体による静電遮蔽 | 金属箔、導電塗装 | 接地の取り方でコモンモード結合が変化する |
| 高周波の平面波(遠方界) | 反射+吸収(表皮効果) | Cu/Al/Fe系金属、導電複合材 | 開口・スロットが「アンテナ」になり得る |
| 高周波だが磁界結合が強い | 渦電流による減衰、磁性損失も関与 | 金属+磁性シートの複合 | 発熱、共振、局所的な電流ループに注意 |
5. 材料選択の観点:導電率・透磁率・厚み・複合化
5.1 金属(Cu, Al, 鋼など)
金属は高い導電率により反射損
5.2 高透磁率材料(低周波磁界向け)
磁界シールドでは、透磁率の大きい材料で磁束を「通しやすい経路」に誘導し、シールド内へ入る磁束を減らす。重要なのは透磁率だけでなく、飽和、加工ひずみによる特性変化、隙間(磁気抵抗)である。
5.3 磁性シート・複合シールド(近傍界の抑制)
磁性フィラーを含むシートは、近傍界での磁界成分を抑制する目的で用いられる。導電層と組み合わせた多層化により、薄型化と広帯域化を両立させる設計が採られることがある(用途により最適構成は変わる)。
5.4 導電性高分子・導電塗装・メタライズド材
軽量化や加工性を重視する場合、導電フィラー(炭素系、金属系)で導電ネットワークを形成した複合材が選ばれる。導電率が金属に比べて小さいため、同じSEを狙うなら厚みや多層化、吸収の確保が必要になる場合がある。
6. 構造設計がSEを決める:継ぎ目・開口・ケーブル貫通
高周波では「穴があると半減」ではなく、穴やスロットが特定周波数で強く放射・透過するため、狭い領域の性能が全体を支配し得る。代表的な論点を列挙する。
継ぎ目(接触抵抗、導通不良)
- 電流の戻り経路が途切れると、継ぎ目がスロットアンテナとして振る舞い得る
- ガスケット(導電性ガスケット等)や面圧、導電面処理が支配的になる
開口(換気口、表示窓、メッシュ)
- 開口は波導波路として扱え、カットオフ(遮断)を満たす設計が有効になる場合がある
- 例えば代表寸法
を持つ開口のカットオフ周波数は、概念的に のスケールで増減する(形状・境界条件で係数は変わる)
貫通(ケーブル、コネクタ)
- シールド筐体のSEは、貫通部のフィルタリングや360度シールド接続で決まる場合が多い
- シールドの「端末処理」が不十分だと、ケーブルがアンテナとして支配的な漏れ経路になり得る
7. 測定法と規格
シールドの評価は、試料形態(筐体か平板材か)、周波数帯、近傍界か平面波かにより標準手法が分かれる。代表例を比較する。
| 目的 | 対象 | 主な手法 | 周波数帯の例 | 得られる量 |
|---|---|---|---|---|
| シールドルーム・筐体のSE | エンクロージャ | アンテナを内外に置く測定(標準化された手順) | kHz〜GHz(規格により定義) | |
| 平板シールド材のSE | シート・フィルム | 同軸伝送線路治具で挿入損失を測る(ASTM系) | およそ数十MHz〜GHz帯(規格で定義) | 平面波SE(そこから近傍界換算の議論もある) |
| TEMセル系の簡便測定 | シート材 | TEMセル類似構造による測定(機関法) | 低周波〜GHz帯(装置法で定義) | 電界SE、磁界SEなど |
| 反響室(Reverberation chamber) | 筐体・材料・システム | 統計的に均一な場を用いる標準法(IEC系) | 典型的に高周波側で有利 | 放射試験・イミュニティ・SEの関連量 |
補足として、国内ではシート材評価に特化した独自手法(TEMセル概念を取り入れた方法など)も提案・提供されている。
8. 計算・シミュレーション
電磁界シールドは「材料定数」だけでなく「開口・共振・戻り電流経路」の問題であるため、計算電磁気学が有効である。
全波解析(FEM, FDTD, MoM)
- 開口・スロット・筐体共振、内部の定在波、ケーブル結合を扱える
- 材料は表面インピーダンス境界条件や薄膜モデルで扱うと計算が安定する場合がある
等価回路化(低周波〜中間域で有効)
- 継ぎ目の接触抵抗・インダクタンス、ガスケットの等価インピーダンスなどを回路要素で近似する
- 設計変数(面圧、接触長、ピッチ)とSE変化の感度解析に向く
逆解析・パラメータ同定
- 測定Sパラメータや挿入損失から、シート抵抗や有効導電率、複素透磁率のモデルパラメータを推定する枠組みが用いられる
- ただし、モデルの不定性(開口や治具の寄生が支配すると一意に決まらない)を常に点検する必要がある
9. 応用例
- 通信機器・携帯機器:薄型化と開口(スピーカ、窓、アンテナ)共存が課題である
- 電力変換(インバータ、SiC/GaN):スイッチング高調波による広帯域ノイズが問題になりやすい
- 車載:長いハーネスと筐体が混在し、貫通部設計が支配的になりやすい
- 医療・計測:低周波磁界の影響を避ける必要があり、高透磁率材と導体層の多層化が採られることがある
- シールドルーム・暗室:規格に沿ったSE測定と維持管理が中心課題になる
まとめ
電磁界シールドは、遮蔽効果の定義(
参考資料
ASTM D4935-18(平板材料のSE測定:同軸伝送線路治具) https://img.antpedia.com/standard/files/pdfs_ora/20211203/ASTM D4935-18.pdf
IEC 61000-4-21:2011(Reverberation chamber法) https://cdn.standards.iteh.ai/samples/16080/59f25197e3914860832f0605eeb4d07b/IEC-61000-4-21-2011.pdf
MIL-STD-285 原文(旧来のエンクロージャ減衰測定法) https://www.hftechnology.nl/wp-content/uploads/MIL-STD-285.pdf
MIL-STD-285 概要(日本語PDF) https://www.emc-ohtama.jp/emc/doc/mil-std-285-explained.pdf
KEC関西電子工業振興センター:シールド材試験(シート材の測定法例) https://www.kec.jp/testing/kec-method/
電磁波シールド材の設計法(反射・吸収・多重反射補正の定式化例) https://orist.jp/technicalsheet/99027.PDF
Clarification of Basic Concepts for Electromagnetic Shielding Materials(理論分解の整理) https://arxiv.org/pdf/2112.03272