放射光によるダイナミクス解析
放射光は高輝度・高指向性・波長可変性に加え、時間構造とコヒーレンスを持つ光源である。これにより、構造・電子状態・スピン状態が時間とともに変化する過程を、散乱・分光・イメージングを横断して同一の物理量(相関関数)として捉えられるのである。
参考ドキュメント
- SPring-8 利用推進協議会ほか:Pump-probe XAFS(日本語) https://new.spring8.or.jp/index.php/component/content/article/13-2021-02-09-03-35-14/203-pump-probe-xafs
- 篠原佑也:解説 X線光子相関分光法の現状と展望(日本放射光学会誌,PDF,日本語) https://www.jssrr.jp/journal/pdf/30/p123.pdf
- A. Q. R. Baron:Introduction to High-Resolution Inelastic X-Ray Scattering(review, PDF) https://beamline.harima.riken.jp/bl43lxu/pdfs/review_paper.pdf
1. ダイナミクス解析とは何を測るのか
ダイナミクスとは、系の自由度(原子配置、格子歪み、電荷分布、軌道占有、スピン配列、欠陥配置など)が時間
放射光が担う中心的な役割は、以下の3点に集約される。
相関を測る
時間相関(XPCS など)や周波数相関(IXS/RIXS など)を直接測り、緩和時間・分散関係・モード結合を定量化する。選択性を与える
元素選択(吸収端)、軌道・対称性選択(偏光、共鳴)、磁気選択(XMCD、磁気散乱)により、複合系の中の特定自由度だけを追跡する。長さスケールを結びつける
波数空間を変えることで、実空間の長さ に対応する揺らぎの時間発展を同じ枠組みで扱う。
2. 時間分解能:時間領域と周波数領域
放射光で「時間」が現れる仕方は大きく2つである。
2.1 時間領域:ポンプ・プローブとストロボ測定
外部刺激(pump)で状態を変え、遅延時間
時間分解能は、ポンプ・プローブのパルス幅と同期の揺らぎで概算される。
蓄積リング放射光では X 線パルス幅が概ねピコ秒領域であり、レーザー・RF と同期させてストロボ的に平均する設計が多い。XFEL ではフェムト秒領域まで到達しうるが、ここでは放射光(蓄積リング)を軸にしつつ、適宜比較として触れる。
2.2 周波数領域: を測る(非弾性散乱)
時間相関関数のフーリエ変換として、動的構造因子
を測ることは、フォノンや低エネルギー励起の分散関係
さらに線形応答では、揺らぎ散逸定理により
が成り立つ。すなわち、平衡ゆらぎを測ることが散逸(吸収)と直結するのである。磁性体の損失や緩和を議論する際に、この結びつきは強力である。
周波数領域の「時間感度」は、エネルギー分解能
3. 主な手法
3.1 位置づけ(時間・長さ・情報)
| 手法 | 主に測る量 | 時間の入り方 | 感度の強い長さスケール | 得られる情報の要点 |
|---|---|---|---|---|
| 時間分解 XRD/WAXS | ポンプ・プローブ | nm〜μm(結晶・中距離秩序) | 格子定数、相分率、歪み、相転移の速度 | |
| 時間分解 XAFS/XANES/EXAFS | ポンプ・プローブ | Å〜nm(局所構造) | 配位数、結合長、局所対称性、価数変化 | |
| XPCS(光子相関) | 自発ゆらぎの時間相関 | nm〜100 nm 程度 | 緩和時間、運動様式(拡散・ガラス・老化) | |
| IXS(非共鳴、meV) | 周波数領域 | Å〜nm(波数選択) | フォノン分散、弾性定数、寿命 | |
| RIXS | 共鳴による散乱スペクトル | 周波数領域 | Å〜nm | スピン励起、軌道励起、電荷移動励起 |
| BCDI/coherent Bragg 散乱 | 回折強度の位相回復像 | 時分割(連続取得または繰返し平均) | 数 nm(歪み場の3D像) | 変位場 |
| 時間分解 XMCD/磁気散乱 | 磁気コントラスト、磁気散乱 | ストロボ同期 | nm〜μm(手法依存) | 磁化歳差、反転、ドメイン運動の時系列 |
ここで「放射光のダイナミクス解析」は、単に速い現象を追うという意味に限らない。秒〜時間で進行する相分離、析出、粘弾性緩和、老化のような遅い現象を、コヒーレンスや高輝度で高精度に追うことも核心である。
4. 時間分解測定:ポンプ・プローブの物理
4.1 遅延時間スペクトルと応答関数
ポンプ後の遅延
単一緩和(Debye 型)
分布緩和(KWW, stretched exponential)
これらは、単一機構か、多数の局所環境が重なった結果かの判別に用いられる。ただし、式の当てはめ自体が目的ではなく、
4.2 時間分解 XAFS
吸収係数
- XANES で価数・局所対称性の変化を追い、
- EXAFS で結合長・配位数の変化を追う、 という役割分担が明瞭である。
ポンプの種類(光、電気、RF など)により、誘起される自由度が変わる。光励起は電子励起と格子の結合、電気刺激はイオン移動や抵抗スイッチ、RF は自励振動や磁気共鳴と相性が良い。
4.3 時間分解回折:相転移・歪み・欠陥生成の時間スケール
回折ピークの中心
相転移の速度論は、核生成と成長の描像で整理されることが多い。単純化した Avrami 型の相分率
と書かれ、指数
5. 相関法(XPCS):コヒーレンスで「ゆらぎの時間」を読む
5.1 スペックルと強度相関
コヒーレント X 線で不規則系を照射すると、散乱像にスペックル(干渉縞)が生じる。構造が時間とともに変化するとスペックルも変化し、その変化速度がダイナミクスとなる。
XPCS の中心量は、強度自己相関関数
ガウス統計の仮定のもとでは Siegert 関係が成り立ち、
ここで
5.2 運動モデル
単純拡散(Brown 運動)の場合、
となり、
一方、ガラス・ゲル・金属ガラスの構造緩和では stretched exponential の都合が良いことが多い。
5.3 放射光 XPCS の強み
可視光 DLS と同様の相関法でありながら、XPCS は不透明材料内部の nm スケールゆらぎに到達する。金属内部の析出・相分離、アモルファスの構造緩和、粉体・多孔体内部の流動などに対し、透過と長波長側の
6. 非弾性散乱(IXS, NRIXS):原子振動と格子ダイナミクス
6.1 IXS:フォノン分散と弾性定数
IXS は meV 分解能で
結晶の音響フォノンの低
により弾性応答と直結する。相転移点近傍でのフォノンの軟化や異常線幅は、格子不安定性や電子・スピンとの結合の情報を与える。
6.2 NRIXS:同位体選択で部分フォノン DOS を得る
NRIXS(核共鳴非弾性散乱)は核共鳴を用い、特定核種(例:
熱力学量との関係として、フォノン DOS
7. コヒーレント回折・位相回復:歪み場と欠陥の時間発展(BCDI など)
回折は通常
となる。これにより 3D 歪み場や転位の情報が得られる。
時間分解としては、連続的にデータを取得して再構成を時系列化する場合と、繰返し現象を同期平均する場合がある。触媒ナノ粒子の応力緩和、相変態の核生成、欠陥の移動など、「歪み場が主役」の現象と相性が良い。
8. 磁性・電子のダイナミクス:XMCD と共鳴散乱を用いた時間領域
磁化の時間発展は LLG 型の歳差運動と緩和で表され、実験では GHz 帯の歳差や反転過程が焦点となることが多い。放射光を用いる利点は、元素選択性によって多元素系・界面系の磁化ダイナミクスを分離できる点にある。
ストロボ測定では、加振(RF、電流、磁場)を周期運動として与え、X 線パルスを位相固定して信号を積算する。得られる量は、磁化成分の位相と振幅であり、共鳴条件や減衰定数の推定とつながる。
9. 同じ「時間」を複数観測量で束ねる
ダイナミクス解析で重要なのは、異なる観測手段が同じ「時間定数」を見ているかどうかを確かめる視点である。例えば、相転移では
- 回折:相分率・格子定数の変化
- XAFS:局所結合の変化
- 散漫散乱:短距離秩序の発達
- XPCS:ゆらぎの緩和 が同時に変化しうる。これらが示す時間定数が一致するなら単一律速機構(例:核生成律速、拡散律速)の可能性が高く、ずれるなら階層的・多段階の過程(局所再配列→長距離秩序化、界面律速→体積拡散)を疑うのが自然である。
同様に、磁性体でも
- XMCD:元素別磁化の時間応答
- 共鳴散乱:秩序パラメータの空間相関
- RIXS:励起スペクトルの変化 が必ずしも同じ緩和を見ない。観測量が結合している自由度を明確にし、どの相関関数の射影を測っているかを意識することが、解釈の一貫性を支える。
10. ダイナミクス解析の動向
高コヒーレンス化(低エミッタンス化)と高速二次元検出器の進展により、XPCS やコヒーレント回折の適用範囲が拡大している。さらに、蓄積リングでもタイミングモードや高速同期系が整備され、ピコ秒領域のストロボ測定が一般化した。
XFEL はフェムト秒領域の非平衡ダイナミクスに強いが、放射光は平均化・安定性・長時間観測に優位性があり、遅い過程の統計精度や弱信号で効く場面が多い。両者は競合ではなく、時間スケールの分担として理解するのが適切である。
まとめ
放射光によるダイナミクス解析は、時間分解(ポンプ・プローブ)と相関(XPCS)と周波数領域(IXS/RIXS/NRIXS)を、相関関数という共通言語で束ねる枠組みである。構造・電子・スピン・欠陥の各自由度を選択的に追跡できるため、複合材料や多階層現象における「何が律速し、何が先行して変わるか」を定量的に切り分ける手段となるのである。
関連研究
- SPring-8 BL40XU instrument outline(time-resolved pump-probe の説明を含む) https://www.spring8.or.jp/wkg/BL40XU/instrument/lang-en/INS-0000000353
- Construction and development of a time-resolved x-ray magnetization imaging system using XMCD(RSI, PDF) https://pubs.aip.org/aip/rsi/article-pdf/doi/10.1063/1.2937648/16082728/063903_1_online.pdf
- Pump-probe TR-WAXS による反応ダイナミクス(J-STAGE, PDF) https://www.jstage.jst.go.jp/article/springresrep/13/3/13_175/_pdf
- Bragg coherent diffractive imaging of single-grain defect dynamics(Science) https://www.science.org/doi/10.1126/science.aam6168
- Bragg Coherent Diffraction Imaging for In Situ Studies in Catalysis(ACS Nano) https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsnano.1c01080
- Phonon Density of States Measured by Inelastic Nuclear Resonant Scattering(Phys. Rev. Lett. 74, 3832) https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevLett.74.3832
- 東北大学プレスリリース:コヒーレントX線による金属内部ナノ構造変化の時分割観測(日本語) https://www2.tagen.tohoku.ac.jp/lab/news_press/20250916-x-ray/
- 物性若手夏の学校(講義資料):放射光時間分解X線回折法と光誘起構造ダイナミクス(PDF,日本語) https://mercury.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~bussei.kenkyu/pdf/04/1/9999-041210.pdf