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モンテカルロ計算におけるクラスター展開モデル

クラスター展開(Cluster Expansion, CE)は、第一原理計算で得られた合金の配置エネルギーを、原子占有を表す離散変数(スピン変数)で表現し、全エネルギーを有効クラスター相互作用(ECI)として近似する手法である。第一原理計算のみで相平衡を求めることは計算量的に困難だが、CEによりエネルギー評価を高速化することで、モンテカルロ法(MC)による相平衡・相図計算が実現できる。

参考ドキュメント

クラスター展開の基本流れ

  1. 第一原理計算(DFT)

    • 代表的な配置(スーパーセル構造)について全エネルギーを計算
    • 計算対象は構造多様性・組成範囲をカバーするよう選択する
  2. クラスター展開モデルの構築

    • 占有変数 σ_i(例:A=+1, B=−1 など)を用いてエネルギーを展開
    • 典型的なCEの形式
      E(σ)=J0+αJαΠα(σ)
      ここで
      • Jα:有効クラスター相互作用(ECI)
      • Πα:クラスター関数(対・三体・四体など)
    • ECIs は回帰により推定(LASSO回帰や交差検証で過学習を防ぐ)
    • 対称性で等価なクラスターをまとめ、「独立なクラスター」の有限個だけを残す。
    • それぞれのクラスターに対応する係数を 有効クラスター相互作用 (Effective Cluster Interaction, ECI) と呼ぶ。
  3. モンテカルロシミュレーション

    • CEで得られた高速エネルギー評価を用いて、有限温度でMC計算を実行
    • 得られる主な物理量
      • 平衡組成・秩序度・自由エネルギー変化
      • 相転移温度、相図、短距離規則度など
    • 必要に応じて、代表構造を再びDFTで確認して精度を検証する

有効クラスター相互作用 (ECI) の決定手順

  • ステップ 1:構造サンプルの選定

    • 単位胞・スーパーセルの各種秩序配置をいくつか作成(数十〜数百構造)。
    • 各構造に対し、DFT 等でエネルギー EDFT を計算。
  • ステップ 2:線形回帰によるフィッティング

    • 各構造について、クラスター基底の「平均値」 iασi を計算。
    • 連立方程式EkDFTαJαΦα(k)を解いて Jα(ECI)を求める。
    • 過剰適合を避けるため、LASSO・交差検証などを用いて「必要なクラスターだけ」を選ぶことも多い。
  • ステップ 3:検証

    • フィットに使っていない追加構造で、CE による予測エネルギーと DFT のエネルギーを比較し、誤差・バイアスを確認。
    • 誤差が大きい場合は、クラスターの追加・削除・学習構造の見直しを行う。

クラスター展開とモンテカルロの連携

  • CE により得られた有効ハミルトニアン:

    HCE({σ})=E({σ})

    を、統計力学のボルツマン重み

    p({σ})exp(βHCE({σ}))

    に代入すると、通常のスピン/占有格子模型の MC 計算と同じ形式になる。

  • エネルギー評価が高速:

    • DFT:1 構造あたり「分〜時間〜日」オーダー。
    • CE:1 構造あたり「μs〜ms」オーダー。
    • → 各 MC ステップで何度もエネルギーを評価できるので、10⁵〜10⁷ ステップ規模の MC が可能。
  • MC で評価できる量:

    • 秩序–無秩序転移温度 Tc
    • 相図(温度–組成・外場・応力など)
    • 自発秩序パラメータ、比熱・感受率
    • クラスターごとの占有・短距離秩序 (SRO)

磁性体・合金への応用

  • 合金(例:Fe–Co, Fe–Cr など)

    • DFT で各種規則構造の全エネルギーを計算。
    • CE で「組成変化・配置変化に対する有効ハミルトニアン」を構築。
    • その CE を用いた MC で、温度–組成平面の相図(秩序相・固溶体・分離相)を決定。
  • 磁性体

    • サイトごとにスピン変数 σi=±1(またはベクトルスピン)を導入し、
    • CE の形で有効スピンハミルトニアン(Heisenberg 型、イジング型+多体項)を構築。
    • これを MC でサンプリングし、キュリー温度 Tc、磁化曲線、スピン相関などを評価。
    • 「第一原理 → CE → スピン MC」という流れで、実材料の Tc 予測が行われる。

実装ツールの例

  • CASM(Cluster Expansion and Statistical Mechanics)
  • ATAT(Alloy Theoretic Automated Toolkit)
  • ICET(Pythonベース、CE+MCが容易)

解析的なクラスター展開

  • 統計力学の教科書で出てくる「高温クラスター展開」「バイリアル展開」も「クラスター展開」と呼ばれる。
    • こちらは、分配関数・自由エネルギーを「結合グラフ」の寄与として解析的に展開する方法。
    • 主目的は「級数としての厳密解・近似解」にあり、数値 MC とは別ライン。
  • 合金・スピン系における CE+MC は:
    • 「エネルギー汎関数を有限個のクラスター基底で近似 → 有効模型として MC にかける」 という数値的・データ駆動的なクラスター展開。
  • 名前は同じ「クラスター展開」だが、
    • 「解析的な系列展開」か
    • 「数値 CE+MC 用の有効ハミルトニアン構築」か
      を意識して区別しておくと混乱しにくい。

注意点

  • クラスターの選び方
    • 近距離のペア・三体・四体クラスターを中心にし、遠距離・高次数のクラスターは切り捨てる。
    • どこまで含めるかは、クロスバリデーション誤差・物理的な知識(相互作用の減衰)を参考に決める。
  • 学習構造のバランス
    • 格子定数・応力・組成・秩序状態など、興味のある条件を網羅するように構造を選ぶ。
    • 「相図のどの領域をよく再現したいか」で、サンプル構造の設計が変わる。
  • CE の妥当性のチェック
    • 追加の DFT 計算で予測のチェック、
    • 実験の相図や Tc と比較、
    • 物理的に不自然な秩序状態が現れていないか、などを確認する。
  • MC 側の注意点
    • 通常のスピン MC と同様に、熱化・自己相関・有限サイズ効果に注意。
    • 相転移近傍ではクラスターアルゴリズム(Swendsen–Wang, Wolff)などの導入も検討。