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シンボリック回帰(Symbolic Regression)

シンボリック回帰は、データから回帰式そのもの(数式の形)を探索し、人間が読める閉形式モデルを得る手法である。材料科学では、物性予測の高精度化だけでなく、解釈可能な記述子(descriptor)や支配因子の発見、外挿の足場づくりに使われる。

参考ドキュメント

1. 位置づけ

シンボリック回帰は、機械学習の枠組みでは回帰問題(関数近似)に属するが、通常の回帰(線形回帰、カーネル法、ニューラルネットなど)と決定的に異なる点は、パラメータではなく数式構造(演算子と変数の組合せ)まで探索対象に含める点にある。

材料科学における典型的な位置づけは次である。

  • 解釈可能な代理モデル(surrogate)を得る
  • 記述子探索や次元削減(とくにSISSO系)に用いる
  • 実験・計算の混在データから、単位系や対称性を踏まえた関係式候補を抽出する

2. 問題設定:誤差と複雑さの同時最適化

入力 xRp、出力 y に対し、式 f(x) を探索する。シンボリック回帰は一般に、予測誤差と式の複雑さを同時に最小化する多目的最適化として定式化される。

代表的には次の形である。

  • 誤差(例:二乗誤差)
Lfit(f)=1Ni=1N(yif(xi))2
  • 複雑さ(例:木のノード数、深さ、項数、演算子数)
C(f)=size(f) または depth(f) など
  • スカラー化(例)
minf Lfit(f)+λC(f)

実運用では、単一の最適解というより、誤差と複雑さのトレードオフ(パレートフロント)上の式候補を得て、物理妥当性と用途に応じて選ぶ設計が多い。

3. 探索空間:何を「式」として許すか

探索空間は、変数と定数、演算子集合から定義される。材料用途では、探索空間の設計が結果の科学的妥当性を支配しやすい。

  • 変数
    • 組成(元素量、原子分率)
    • 構造記述子(格子定数、配位数、結合長、局所対称性)
    • 電子構造(DOS由来特徴、帯域幅、占有数、電気陰性度差など)
    • プロセス(温度、時間、雰囲気、冷却速度)
    • 観測特徴(ピーク位置・幅・強度、画像統計量)
  • 定数
    • 実数定数の最適化(後述の定数フィッティングが重要である)
  • 演算子(例)
    • 四則演算、累乗、log/exp、sqrt、abs、min/max
    • 材料では単位整合性や符号制約のために制限することが多い

4. 主要アプローチの類型

類型代表例特徴材料科学で効きやすい場面
遺伝的プログラミング型(GPSR)木構造を交叉・突然変異で探索柔軟だが探索が重く、過剰複雑化しやすい変数間の非線形結合が強い経験式探索、画像・スペクトル特徴からの式化
スパース回帰・圧縮センシング型SISSO、SINDy系候補関数ライブラリから少数項を選ぶ記述子発見、少数データでの頑健な式候補、外挿を意識したモデル
ハイブリッド(NN + SR)AI Feynman系NNで近似し、分離性などの性質を使って式へ落とす物理法則回収、対称性・分解可能性がある現象の式復元
ルール・制約付きSR次元解析制約、単調性制約など物理妥当性を探索に組み込む無次元群の発見、材料設計則の抽出、負の導電率などの不合理回避

補足として、材料分野で「記述子を発見する」文脈では、SISSO(sure independence screening and sparsifying operator)を含むスパース型の系統が広く使われる。

5. 解釈性

材料研究でシンボリック回帰が有利になりやすい理由は次である。

  • 人が読めるモデルが得られるため、支配因子の仮説を立てやすい
  • 条件外(未知組成域、未知温度域)に出るときに、物理的に検討可能な形で議論できる
  • 既存理論式(例:比例則、スケーリング、指数則)の近傍に解が落ちやすい設計が可能である

ただし、外挿が常に保証されるわけではなく、過学習した閉形式が「もっともらしく」見える危険があるため、評価設計が必須である。

6. ユースケース

6.1 記述子探索(descriptor discovery)

  • 目的:物性 y を少数の組合せ特徴 z(x) で説明する式を得る
  • 例:熱力学量、相安定性、触媒活性、バンドギャップ、導電率など
  • 実務的意義:材料設計指針を「短い式」として提示できる

6.2 プロセス–組織–物性(PSP)関係の式化

  • 焼鈍温度・時間・冷却速度 → 粒径・相分率 → 強度・磁気特性
  • 機械学習のブラックボックス予測ではなく、経験式候補を得て因子を整理する用途である

6.3 スペクトル・画像特徴の式による要約

  • XRD/XAFS/XPSなどで、ピーク特徴量(位置、幅、強度比)から物性や相を説明する式を探索する
  • 顕微鏡像から抽出した統計量(粒径分布、テクスチャ、フラクタル次元など)を式にまとめる

6.4 高スループット計算・実験のスクリーニング規則

  • 多数候補の中から、単純な閾値則や比率則を発見し、探索空間を絞る
  • アクティブラーニングと組み合わせると、少ない反復で選別規則が見つかる場合がある

7. 設計の要点

7.1 単位・次元の扱い

材料データは単位系が混在しやすい。単位整合性を壊す演算(例:足し算の不適切な混合)を許すと、見かけの精度は出ても科学的に破綻しやすい。

  • 無次元化(基準量で割る)
  • 次元解析に基づく形(無次元群)を先に設計する
  • 次元整合を満たす演算子・構文のみ許す

7.2 物理制約の組込み

  • 非負制約(例:拡散係数、濃度)
  • 単調性(例:温度上昇で反応速度が増加する範囲)
  • 境界条件(極限で既知の挙動へ近づく)

これらは、探索空間の制限、罰則項の追加、候補式のフィルタリングで組み込むのが現実的である。

7.3 データ分割(リーク対策)

材料では近縁系混入により性能が過大評価されやすい。

  • 同一組成・同一結晶系の派生を同じ分割にまとめる(group split)
  • 未知元素系、未知温度域などの外挿テストを別に設計する
  • 実験条件(装置・ロット)の混入を監視する

8. 実務フロー

  1. 目的を定義する(予測か、記述子発見か、設計則抽出か)
  2. 変数を整備する(単位統一、欠損、外れ値、測定誤差の把握)
  3. 探索空間を設計する(演算子、次元、制約、候補特徴)
  4. 多目的最適化で式候補を得る(パレートフロント)
  5. 妥当性検査を行う
    • 外挿テスト
    • 物理整合性(符号、極限、対称性)
    • 再サンプリングで式が安定に再現されるか(頑健性)
  6. 最後に、人間の解釈で採択する(精度だけで決めない)

9. 注意点

  • 探索問題は本質的に難しく、ノイズが強いと“見かけ上の法則”が出やすい
  • 共線性が強い材料特徴では、同等性能の式が多数出て同定不能になりやすい
  • 解釈可能性は「短い式」であるだけでは保証されず、物理文脈に置けるかが重要である
  • 発見された式は、因果というより説明候補であるため、追加実験・追加計算で検証する前提が必要である

まとめ

シンボリック回帰は、データから閉形式の数式を探索し、材料特性の説明式や設計則、解釈可能な記述子を得るための枠組みである。材料科学では、単位・対称性・物理制約・分割設計を先に置くことで、精度と同等かそれ以上に、外挿性と科学的妥当性を高めやすい手法である。最終的には、パレートフロント上の複数候補を物理妥当性で選別し、仮説として検証可能な形へ落とし込む運用が鍵である。