MD計算における原子間ポテンシャル選定
原子間ポテンシャルの選定は、MDで再現できる物理(相・欠陥・拡散・破壊・反応など)と、得られる精度限界をほぼ決める。古典力場は高速で堅牢、機械学習ポテンシャル(MLIP)は高精度化と適用範囲拡張を狙えるが、適用領域の管理が核心となる。
参考ドキュメント
- OpenKIM Getting Started(モデルのテスト情報と選定支援) https://openkim.org/doc/overview/getting-started/
- NIST Interatomic Potentials Repository(ポテンシャル配布と評価の枠組み) https://www.ctcms.nist.gov/potentials/
- J-STAGE:特集「機械学習ポテンシャル」にあたって(日本語PDF) https://www.jstage.jst.go.jp/article/mssj/26/1/26_10/_pdf/-char/en
1. MDにおけるポテンシャルの役割
MDでは原子
として与える。したがって選定対象は、ポテンシャルエネルギー面
選定で本質となる情報
- 対象系:元素種、相(固相/液相/界面)、結晶構造、欠陥、組成幅
- 対象現象:弾性・格子振動、転位、拡散、相変態、破壊、化学反応、電荷移動
- 対象条件:T, P, ひずみ、外場、照射損傷、高圧、極端な化学ポテンシャル
- 評価量:エネルギー差(meV/atom)、障壁(eV)、応力(GPa)、輸送係数など
2. 選定の考え方
2.1 要求仕様
例
- 欠陥・拡散を議論したい
- 空孔形成エネルギー、格子間原子形成エネルギー
- 拡散障壁(NEB等の参照込み)
- 拡散係数の温度依存(Arrhenius)
- 転位を議論したい
- 弾性定数、γ面(積層欠陥エネルギー)、Peierls障壁
- アモルファス・液体を議論したい
- RDF、配位数、密度(NPT)、融点近傍の熱力学量
- 反応を議論したい
- 結合生成・切断、電荷再配分、反応経路上のエネルギー
2.2 候補モデル
入口
- 公開リポジトリ(テストや系統評価が紐づくものを優先)
- 論文における対象現象の一致(元素と現象が一致していることを最優先)
- モデルの想定する化学(電荷、結合、金属多体性など)が一致していること
2.3 推奨条件
推奨(例)
- 0 K:格子定数、弾性定数、熱力学的安定性(相の順序)
- 欠陥:形成エネルギーの符号とオーダー、過度な短距離反発の破綻がないか
- 有限T:NVTで温度が安定するか、NPTで密度が破綻しないか
- 規格外領域:高圧圧縮・引張で非物理的な崩壊が出ないか
3. 古典ポテンシャルの系統と選び分け
古典ポテンシャルは、速度・スケールを優先しつつ「特定の化学に対する近似」を採用する。
3.1 代表的な形式
| 系統 | 代表例 | 得意 | 不得意 | 典型対象 |
|---|---|---|---|---|
| 2体(pair) | Lennard-Jones, Buckingham | 単純凝集、教育用途 | 金属結合の多体性、共有結合角度 | 単純液体、希ガス、モデル系 |
| 金属多体 | EAM/MEAM/ADP | 金属、合金、欠陥・転位 | 結合方向性が本質の共有結合、電荷移動 | Fe, Ni, Cu, Al などの金属系 |
| 結合次数(bond-order) | Tersoff, Brenner/AIREBO | 共有結合ネットワーク | 金属混合、反応全般の汎用性 | C, Si, SiC, BN など |
| 反応型(reactive) | ReaxFF, COMB | 結合生成/切断、化学反応 | 相互作用の適用領域管理が難しい | 酸化・分解・界面反応 |
| 電荷・分極を含む | Core-shell, QEq派生 | イオン結晶、誘電応答 | パラメータ依存が強い | 酸化物、ハロゲン化物等 |
選定の要点
- 金属の塑性・欠陥なら、まずEAM/MEAM系の候補から入るのが自然である
- 共有結合の角度依存や
混在が重要なら、bond-order系の適合が重要である - 反応を扱うなら、反応型(ReaxFF等)またはドメイン特化MLIPが主要候補となる
3.2 古典力場で起きやすい注意点
- 交差相互作用(A-B)を持たない力場を無理に混合すると、界面・合金で破綻しやすい
- カットオフ近傍で力が不連続だと、エネルギー保存や温度が乱れる
- 「融点・蒸発・高圧」など参照データ外条件では、非物理的な相が安定化しうる
4. 機械学習ポテンシャル(MLIP)の系統
MLIPは、参照計算(通常DFT)で得たエネルギー
4.1 MLIPの代表的ファミリー
| 系統 | 代表例 | 特徴 | 向く状況 | 留意点 |
|---|---|---|---|---|
| 局所記述子+回帰 | GAP(SOAP), SNAP, MTP | 比較的解釈しやすい、学習戦略が確立 | 単一材料・限られた化学空間 | 参照データ外で外挿しやすい |
| NN(対称性考慮) | Behler–Parrinello型など | 古典より高精度で高速 | 分子・結晶の中規模系 | 記述子設計とデータが支配的 |
| GNN(回転同変) | NequIP, MACE | データ効率が高い傾向 | 精度要求が高い固体・界面 | 計算コストと学習難度が上がる場合 |
| 汎用モデル(事前学習) | M3GNet, CHGNet | 広い元素・構造をカバーする設計 | 初期探索、近似的な構造緩和 | 目的現象に対し追加検証が必須 |
4.2 選定の要点:3つの分岐
- 事前学習モデルを使うか、専用学習するか
- 広い探索:事前学習モデル → 重要候補だけ専用学習へ
- 反応・欠陥障壁・高圧:専用学習(または強い追加検証)を基本とする
- 学習データが「現象空間」を含むか
- 拡散を見たいなら、拡散途中の局所環境が学習に入っている必要がある
- 相変態を見たいなら、両相と遷移領域(ひずみ・欠陥・核生成近傍)を含める必要がある
- 外挿を検知できる仕組みがあるか
- 委員会学習(複数モデル)で予測分散を見る
- 記述子空間距離・不確かさ推定を用いて、危険領域を検出する
- 必要に応じてアクティブラーニング(on-the-fly追加DFT)で補強する
4.3 速度と精度の見積もり
MLIPは古典より高価であるが、AIMDよりは桁違いに安いことが多い。
- 古典:10^6〜10^9 atom・ns級が狙える領域
- MLIP:10^4〜10^7 atom・ns級(モデル次第)
- AIMD:10^2〜10^3 atom・ps級
このギャップをどこで埋めるかが、ポテンシャル選定の戦略になる。
5. 古典 vs MLIP
| 目的 | まず検討する候補 | MLIPを優先する条件 |
|---|---|---|
| 金属の欠陥・転位 | EAM/MEAM | 障壁や界面で誤差が支配的、合金化学が複雑 |
| 共有結合固体の格子欠陥 | Tersoff系など | 配位変化が多い、欠陥準安定が多様 |
| 酸化物・イオン伝導 | 電荷・分極を含む力場 | 局所電荷・配位の多様性が大きい |
| アモルファス生成 | 既存力場(妥当性確認) | 配位統計・化学短距離秩序の再現が不足 |
| 界面反応・酸化・分解 | ReaxFF/COMB または専用MLIP | 反応経路と中間体の再現が最重要 |
| 高圧相・極限条件 | EOSに強い力場 | 参照データ外に出やすく、外挿管理が必要 |
6. 検証の設計
古典/MLIPどちらでも、少数の検証で破綻を早期に見つけることが重要である。
6.1 構造・弾性(0 K)
- 格子定数
、体積 - 弾性定数
、体積弾性率 - 代表相の相対安定性(エネルギー順位)
6.2 欠陥・界面
- 空孔/格子間/置換欠陥形成エネルギー
- 表面エネルギー、積層欠陥エネルギー(該当する場合)
- 短距離圧縮での過度な崩壊の有無
6.3 有限温度
- NPTでの密度と熱膨張の挙動
- RDF
、配位数 - MSDからの拡散係数(必要なら)
7. 公開リソースの使い方
- モデルの出自(フィット対象、参照データ、適用範囲、既知の破綻モード)を必ず確認する
- リポジトリ付属のテスト結果や物性評価を、選定の入口に使う
- 異なるポテンシャルを比較する場合、同じ評価スイートで比較された情報を優先する
まとめ
古典力場の選定は「化学(結合様式)と現象(欠陥・反応・相変態)の整合」を最優先するべきであり、MLIPの選定は「学習データが現象空間を含むこと」と「外挿を検知・抑制できること」が核心である。公開リポジトリのテスト情報を起点に候補を絞り、構造・欠陥・有限温度の少数の検証セットで合否を判定する設計が、信頼できるMD解析へ直接つながる。