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イリジウム(Ir)

イリジウム(Ir)は、非常に高い耐食性・耐熱性・化学的安定性を併せ持つ白金族金属(PGM)であり、るつぼ・電極・高温部材・点火系(スパークプラグ)などの「過酷条件で壊れない材料」として価値を発揮する。一方で近年は、PEM水電解などの酸素発生反応(OER)触媒としてIr(主にIrO₂系)が重要視され、少量でも供給制約が技術普及のボトルネックになり得る点が、材料設計と資源・政策を強く結びつけている。USGSの統計でもPGMは供給集中が大きく、EUの重要原材料議論でも「白金族金属(その中でもIr等)」の供給リスクが明示される。

参考ドキュメント

1. 基本情報

項目内容
元素名イリジウム
元素記号 / 原子番号Ir / 77
標準原子量192.217
族 / 周期 / ブロック第9族 / 第6周期 / dブロック(遷移金属、白金族)
電子配置[Xe]4f145d76s2
常温常圧での状態固体(金属)
常温の結晶構造(代表)fcc(面心立方)
代表的な酸化数0,+3,+4(酸化物・錯体で多様)
代表的工業形態Ir金属、Ir合金(Pt-Ir等)、酸化物(IrO2 など)、電極・薄膜
  • 補足(材料としての立ち位置)
    • Irは「化学的に極めて不活性で、腐食しにくい」「高温でも形状・機能を保ちやすい」という方向で価値が立つ元素である(“どこで使うか”が先にあり、量は少なくても代替が難しい用途が残りやすい)。
    • 一方で、PGMは副産物供給の色合いが強く(単独増産が難しい)、供給集中も大きい。材料設計では、性能だけでなく、負荷量低減・回収・代替触媒の研究が同時に要請されやすい。

2. 歴史

  • 発見と命名
    • Irは白金鉱石の処理残渣から19世紀初頭に同定され、名称は虹(Iris)に由来する(生成する塩の多彩な色に関連づけて説明されることが多い)。
  • 工業利用の広がり
    • るつぼ・電極・点火系など、腐食・高温・摩耗が同時に来る用途でIr(およびPt-Ir合金等)が採用され、少量でも高付加価値用途で使われる構造が形成された。
  • 近年の転機(電解・触媒)
    • 水素関連技術の拡大に伴い、酸性環境で高活性・高耐久なOER触媒としてIr系材料が注目される一方、資源制約が技術普及の律速になり得る点が政策・技術戦略資料でも繰り返し議論されるようになった。

3. イリジウムを理解する

  • 「不活性」と「触媒」の同居
    • Ir金属は非常に腐食しにくい方向で知られる一方、酸化物(IrO2 など)は電極触媒として重要になる。すなわち、同じ元素でも「金属状態の安定性」と「酸化物表面での反応性」が用途を分ける。
  • 白金族(PGM)としての供給構造
    • PGMは地理的集中と副産物性のため、価格・供給が短期変動しやすい。EUの重要原材料の整理でも、南アフリカへの依存が非常に大きい材料群としてPGMが言及され、その中でIr等が例示される。
  • OER(酸素発生反応)触媒としてのIr
    • PEM水電解では強酸性環境・高電位で動作するため、触媒の耐久性要求が厳しい。Ir系触媒は性能面で有力だが、資源制約が大きいため、(i) Ir使用量の低減、(ii) 代替触媒・担体設計、(iii) リサイクル・回収の設計が重要論点として整理される。

4. 小話

  • 「最も腐食しにくい金属」の一角
    • Irは極めて腐食しにくい金属として紹介されることが多く、化学プラントや高温腐食環境での“最後の手段”として名前が出やすい。
  • 量は小さいが、止まると効く
    • PGMの中でもIrは用途量が小さく見える一方、電極・触媒のように「代替困難で機器全体の成立条件」になりやすい用途を持つため、供給側の揺らぎが技術ロードマップを左右し得る。

5. 地球化学・産状(地殻での存在形態)

5.1 主な鉱石・共生

  • Irは単独鉱物としてよりも、Pt・Pd・Rh・Ru等と共生し、Ni-Cu硫化物鉱床やPGM鉱床に随伴して回収される(副産物回収の色合いが強い)。

5.2 供給偏在

  • EUの議論では、PGM供給が特定地域(とくに南アフリカ)への依存が大きいことが明記され、Irなどは供給集中が強い例として挙げられる。

6. 採掘・製造・精錬・リサイクル(プロセスと化学反応)

6.1 回収の位置づけ

  • IrはPGM精鉱(あるいはNi-Cu製錬系の副産物)から段階的に分離・精製される。したがって、Ir単独需要が伸びても、上流(PGMやNi-Cu)の操業・投資に強く依存しやすい。

6.2 リサイクルの重要性

  • 供給集中と希少性のため、Irを含む触媒・電極・部材の回収とリサイクルは、技術普及の現実的な緩衝策として位置づけられる。水素関連の技術戦略でも、触媒貴金属の低減・循環は重要論点に含まれる。

7. 物理化学的性質・特徴

7.1 高融点・高密度・高耐食

  • Irは高温まで安定で、耐食性が非常に高い方向で整理され、るつぼ・電極・高温部材などでの採用理由になる。

7.2 酸化物(IrO2)と電極機能

  • IrO2 は電極・触媒材料として重要で、とくに酸性条件でのOERに関わる文脈で登場頻度が高い。ここでは「表面反応」「溶出・劣化」「担体や微細構造」が寿命を支配しやすい。

7.3 電気化学・触媒(概念)

  • 水電解(OER)では、反応自体は概念的に
2H2OO2+4H++4e

で表せるが、実際の成立条件は触媒表面の安定性・活性点密度・輸送(気泡・水供給)などの結合問題になる。Ir系は耐久性面で有利とされる一方、資源制約が設計条件として強く効く。

8. 研究としての面白味

  • 「極限耐久材料」と「エネルギー触媒」の両輪
    • Irは、(i) るつぼ・耐食電極のような“壊れない材料”の物性研究と、(ii) IrO2 を中心とする電極触媒(OER)の反応・劣化研究が、同じ元素で接続する。
  • 供給制約を前提にした材料設計
    • Irでは「性能最大化」よりも「性能を落とさずにIr量を減らす」「回収を含めて成立させる」ことが研究の中心課題になりやすい(触媒担持・ナノ構造・合金化・代替触媒探索・使用条件最適化など)。

9. 応用例

9.1 材料・デバイス別の利用軸

  • 電極・触媒(OER、耐食電極)
    • PEM水電解などの酸性環境での電極触媒としてIr系材料が重要視され、使用量低減が技術課題として整理される。
  • 高温・耐食部材(るつぼ、熱電対部材、耐腐食用途)
    • 高温・腐食環境での化学的安定性を活かした用途でIrやIr合金が選ばれる。
  • 点火・電気接点(スパークプラグ等)
    • 摩耗・酸化・熱衝撃に強い材料が必要な領域で、PGM材料としてIrが登場する(用途は少量でも高信頼性を要求する)。

10. 地政学・政策・規制

  • 重要原材料としての位置づけ
    • EUは重要原材料(Critical Raw Materials)の枠組みで供給リスクを評価し、PGMを重要な材料群として扱う。南アフリカへの依存の大きさや、Ir等の供給集中が言及される。
  • 需給・統計の一次資料
    • PGMの需給・用途・価格などはUSGSの一次資料に基づく整理が有用であり、研究・事業議論で「どの段階(採掘・精錬・製品)を指すか」を切り分ける足場になる。
  • 日本語資料(技術戦略の観点)
    • 水素関連(PEM水電解等)では、貴金属触媒の低減・代替・循環が重要課題として整理され、Ir資源制約を前提とした技術開発の必要性が示されている。

まとめと展望

イリジウムは、極めて高い耐食性・耐熱性という材料的強みを持つ白金族金属であり、少量でも「過酷環境で成立する部材・電極」を実現できる点に価値がある。一方で、PEM水電解のOER触媒(IrO2系)としての重要性が増すほど、供給集中と希少性が普及の上限条件になり得る。今後は、Ir量の最小化(高分散担持・高活性化)、耐久劣化機構の定量化、回収・リサイクルを前提とした設計、そして用途条件ごとの代替可能性の見極めが、材料研究と資源・政策をつなぐ中心課題になる。

参考文献