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ジスプロシウム(Dy)

ジスプロシウム(Dy)は重希土類(ランタノイド)に属し、4f電子の局在性に由来する大きな磁気感受率と磁気異方性が、永久磁石・磁歪材料・核分野などの機能へ直結する元素である。とくにNd–Fe–B系磁石の高温保磁力向上(Dy/Tb添加)という「少量添加で支配特性が動く」性質が、資源・供給と材料設計を強く結びつける点が特徴である。

参考ドキュメント

1. 基本情報

項目内容
元素名ジスプロシウム
元素記号 / 原子番号Dy / 66
標準原子量162.5
族 / 周期 / ブロックランタノイド / 第6周期 / fブロック
電子配置[Xe]4f106s2
常温常圧での状態固体(金属)
常温の結晶構造(代表)α-Dy(hcpに近い最密六方構造として扱われることが多い)
代表的な酸化数0,+3(条件により +2 が現れ得る)
代表的イオン対(溶液化学)Dy3+(基本)
主要同位体(研究上重要)天然Dyは複数の安定同位体からなる(例:164Dyの存在比が大きい)
代表的工業形態Dy2O3(酸化物)、Nd–Fe–B磁石への添加源、Tb–Dy–Fe系磁歪合金(Terfenol-D)
  • 補足(設計可能性の要点)
    • Dyは「材料の主成分」よりも「少量添加で特性を決めにいく元素」として登場することが多い。Nd–Fe–B系磁石ではDyがNdサイトの一部を置換し、保磁力や高温性能の改善に寄与するという整理が広く用いられる。
    • 一方でDyは重希土類として供給・分離精製の制約を受けやすく、材料機能の議論が資源側の条件と同時に動く点が、遷移金属添加とは違う難しさである。

2. 歴史

  • 重希土類の同定と分離技術史

    • Dyは19世紀末に重希土類の混合物から同定されたが、希土類元素は互いに化学的性質が近く、高純度化は分離技術(溶媒抽出・イオン交換)の成熟と強く結びつく。
    • 「元素として知る」ことと「材料として使う」ことの間に、分ける技術が不可欠である点は、希土類全体に共通する技術史である。
  • 永久磁石産業とDyの位置づけ

    • Nd–Fe–B磁石が高性能モータ等で広く用いられる一方、高温域での減磁耐性・保磁力確保のためにDyやTbの添加が必要になる場合がある、という整理が政策資料でも明確に述べられている。
    • ここでDyは「磁石の最大性能」を押し上げるというより、「温度上昇下で性能を保つ」ための設計自由度として意味を持つ。
  • 供給リスクが材料設計へ直結する段階

    • 希土類は採掘・分離精製・磁石製造の偏在が議論されやすく、近年は輸出管理や規制強化のニュースが材料サプライチェーンの不確実性として可視化されている。
    • 材料研究の側でも、Dyを「使う/減らす/別設計にする」という選択肢が、技術・経済・制度に同時に依存する局面が増えている。

3. ジスプロシウムを理解する

  • 電子状態(4f電子:局在性とスピン–軌道)

    • Dyの4f電子は局在性が強く、磁性はスピンと軌道角運動量の結合(スピン–軌道相互作用)や結晶場分裂の影響を強く受ける。結果として高い磁気感受率が現れ、材料機能(磁気異方性や磁歪)へ接続しやすい。
    • 遷移金属のd電子磁性(遍歴性が強い場合が多い)と比べ、局所多重項の言葉で整理しやすい点が希土類物性の入口である。
  • 酸化数(+3が基本)

    • Dyは化合物中で+3が基本であり、Dy3+を中心に酸化物・フッ化物・塩化物などが形成される。Dy金属は空気中で安定に見えても切削片が燃えやすいなど、反応性は無視できない。
    • 水溶液中の電気化学では、ランタノイド金属一般に標準還元電位が大きく負であり、金属Dyは酸化されやすい側に位置づく。概念式としてDy3++3eDy(s)を置き、実環境では錯形成・沈殿・溶媒和で見かけの挙動が変わる、と整理するのが有効である。
  • 磁性(温度で秩序が変化し得る)

    • Dy金属は温度域により常磁性・反強磁性・強磁性が切り替わることが知られており、低温相では磁気秩序と格子歪みが結びつく。
    • ただし工学的には、Dy単体よりも「Dyを含む合金・化合物(磁石、磁歪合金)」で機能が議論される場合が多い。
  • プロセス(分離精製が支配因子になりやすい)

    • Dyは単独鉱物としてではなく、ゼノタイムやイオン吸着型粘土鉱床などの重希土類に富む資源、あるいは希土類混合鉱の一成分として得られる、という整理が基本である。
    • したがって「掘る」より「分ける」ことが供給量・環境負荷・コストに強く効き、溶媒抽出やイオン交換の工程設計が材料の可用性を規定しやすい。
  • 循環(磁石からの回収と再分離)

    • 磁石スクラップから希土類を回収しても、Dyのような重希土類を目的比で再配分するには分離精製が必要になりやすい。
    • そのため、循環は「回収できるか」だけでなく「再び所望の元素組成へ戻せるか」という化学分離の問題として現れる。

4. 豆知識

  • 名前の意味が供給の難しさを連想させる

    • Dysprosiumの語源はギリシャ語由来で「得にくい」に近い意味合いを持つ、と説明されることが多い。
    • 実際、希土類は地殻存在量の多寡だけでなく、分離精製の難しさと供給偏在が「得にくさ」を作るため、名前が妙に現代的に響く元素である。
  • Nd磁石の「高温で効く」添加元素としてのDy

    • Nd–Fe–B磁石は高性能である一方、モータ内部温度が上がる用途では耐熱性のためにDyまたはTb添加が必要になる、という説明が公的資料にも明記されている。
    • つまりDyは、磁石の性能を「室温の最大値」だけで評価しない、という材料選択の現実を教える元素である。
  • Terfenol-Dの命名が材料史そのものになっている

    • 巨大磁歪材料Terfenol-DはTb–Dy–Fe系であり、名称が成分(Terbium, Ferrum, Naval Ordnance Laboratory, Dysprosium)に由来する、と紹介されることがある。
    • 研究室名や元素名がそのまま材料名に埋め込まれており、基礎物性が工学材料へ翻訳されていく過程の「記録媒体」のような名前である。
  • 「希土類=磁石」だけではない出口がある

    • Dyは原子炉の制御棒材料として言及されることがあり、これは熱中性子吸収断面積が大きいという核反応工学側の要請に基づく。
    • さらに化合物は蛍光体活性やレーザー材料、メタルハライドランプなど光機能へ接続する、と百科事典レベルでも整理されている。
    • 同じ元素が「磁気」「核」「光」の3つの語彙で語られる点は、4f電子と材料化学の射程の広さを感じさせる。
  • 空気中で安定に見えても、切削片が燃えるという金属らしさ

    • Dyは室温の空気中で比較的安定に見えるが、切削片が着火しやすいなど、反応性金属としての側面がある。
    • これは希土類金属一般に共通する「表面が落ち着いて見える」と「細片・粉末では急に反応が速い」のギャップであり、酸化物・塩として取り扱われる場面が多い理由にもつながる。

5. 地球化学・産状

5.1 主な鉱石・鉱物形態

  • ゼノタイム(xenotime):リン酸塩系で重希土類を含む場合がある
  • イオン吸着型鉱床(粘土鉱物への吸着):重希土類が得られやすい形態としてしばしば議論される
  • フェルグソナイト、ガドリナイト等:重希土類を含む鉱物として挙げられることがある

補足:

  • レアアースは同一鉱石中に複数元素が共存し、鉱床タイプにより元素比が大きく変わる。Dyの供給可能性は、鉱床の元素ポートフォリオと分離工程の設計に強く依存する。

5.2 鉱床と地球史の接点

  • 希土類鉱床は火成活動・熱水活動・堆積過程など複数の地質プロセスにより形成され、同じ希土類でも元素分布が異なる。
  • 材料側から見ると、「どの鉱床から来た原料か」が分離後の元素供給(軽希土/重希土の比)を左右するため、資源地質は材料サプライの設計変数である。

5.3 地球深部

  • Dyは地球深部主要成分ではないが、希土類の分配や地球化学的トレーサーの文脈で議論され得る。
  • 工学的には、地球深部よりも「鉱床と分離精製」がDyの可用性を決める領域である。

6. 採掘・製造・精錬・リサイクル

6.1 採掘・選鉱・濃縮

  • 希土類鉱石は破砕・粉砕後に比重選鉱、磁選、浮選などで希土類鉱物を濃縮し、化学処理へ送る流れが一般的である。
  • イオン吸着型鉱床では、鉱物粒子表面への吸着という形態に由来して、湿式処理での回収が議論される場合がある。

6.2 化学処理(浸出・分離)

  • 希土類の工業分離は液−液抽出(溶媒抽出)やイオン交換が基本手段として挙げられる。
  • 元素間の性質が近いため段数が増えやすく、試薬・溶媒管理や排水処理がコストと環境負荷に効きやすい。

6.3 金属化(酸化物→金属)

Dyは酸化物やハロゲン化物として得られることが多く、概念的には強還元剤による還元で金属化される。例として

Dy2O3+3Ca2Dy+3CaO

のような金属熱還元が挙げられる(実際は原料塩・装置条件に依存する)。

6.4 永久磁石用途(Nd–Fe–Bへの添加)

  • Nd–Fe–B磁石では、Ndの一部をDyで置換して高温での保磁力などを改善する、という用途が主要用途として整理される。
  • Dy添加は一方で磁化低下などのトレードオフを伴い得るため、粒界拡散法など「Dyを必要箇所に局在化させる」工夫が研究開発の焦点になりやすい(ここでは概念の指摘に留める)。

6.5 循環(回収と再資源化)

  • レアアースは回収後の再分離が鍵になりやすく、マテリアルフロー資料でも、元素混在と分離の重さが特徴として整理されている。
  • 磁石の多様化(Dy/Tb添加、SmCoなど)により、回収後の再配分の難しさが増す可能性がある。

7. 物理化学的性質・特徴

7.1 電子構造と金属結合

  • Dy金属では4f電子は主として局在し、金属結合は6s(および一部5d)が担う、という整理がよく用いられる。
  • 4f準位は局在でありながら、結晶場・スピン–軌道・交換相互作用の組合せで巨視的磁性が大きく変わる点が重要である。

7.2 同素体と相変態

結晶構造条件(代表)備考
α-Dyhcp(最密六方)室温付近基本相として扱われる
γ-Dybcc高温で出現高温域での構造相

補足:

  • Dyは温度低下に伴い磁気秩序が変化し、その際に格子歪みが伴う場合がある。磁性と格子の結合が相として観測される点は、磁歪材料理解の入口にもなる。

7.3 磁性

項目内容(要点)備考
Dy金属の磁性低温で強磁性、温度上昇で反強磁性・常磁性へ移行し得る温度域の目安が百科事典で整理される
Nd–Fe–B磁石への寄与Dy置換で高温保磁力などを改善高温用途での添加が政策資料にも記載
磁歪材料Terfenol-D(Tb–Dy–Fe系)に成分として含まれる巨大磁歪の代表例

7.4 熱物性・力学・輸送

項目値(代表値)
融点1412 ℃
沸点2567 ℃
密度8.551 g cm3(24 ℃)
  • 補足
    • 希土類金属の物性値は純度・相・測定条件に依存し得るため、設計上は酸化物・合金(磁石、磁歪材)としての熱機械特性へ議論が移ることが多い。

7.5 電気化学と腐食

  • Dy金属は一般に酸化されやすい側に位置づき、水溶液中では金属状態が熱力学的に安定になりにくい。
  • 実環境での反応性は、表面酸化膜、溶液中の配位子、フッ化物による保護層形成などで大きく変わり得る(DyF3形成の言及がある)。

7.6 酸化状態・錯体化学

  • Dy(III)は硬い酸として酸素供与配位子と結びつきやすく、酸化物・フッ化物・リン酸塩などで安定化しやすい。
  • 光機能としては、化合物が蛍光体活性やレーザー材料、メタルハライドランプ等に用いられることがある、と整理される。

7.7 拡散・欠陥・相平衡

  • Dy添加磁石では、Dyがどこに存在するか(主相内部か粒界近傍か)が磁気特性に影響し得るため、拡散と相平衡(粒界相、析出、界面)が重要な設計変数になる。
  • したがって「元素Dyの性質」だけでなく、「Nd–Fe–B相・粒界・添加元素分布」を一体として扱うのが材料学的である。

7.8 同位体と分光

  • 天然Dyは複数の安定同位体から構成されることが整理されており、同位体組成は核分野での中性子吸収などの議論と接続し得る。
  • 材料計測としては、希土類の価数状態や局所構造をXASなどで追う研究が多く、Dyの役割を「局所状態の変化」として記述する枠組みが有効である。

8. 研究としての面白味

  • 重希土類の4f物性が工学機能へ直結する題材

    • Dyは磁石・磁歪・光機能・核材料へ広く現れ、4f電子の概念(局在、多重項、スピン–軌道、結晶場)がそのまま工学特性の言葉へ翻訳される。
  • 「少量添加で支配特性が動く」設計学

    • DyはNd磁石の高温特性を左右する添加元素として代表的であり、添加量・分布・相状態が特性を決めるという、組織と界面の科学を濃縮した題材である。
  • 供給制約が研究テーマを再配列する

    • 重希土類の供給不確実性は、材料機能の追求だけでなく、使用量低減や別設計(熱設計、磁気回路、代替材料)を含む研究の方向づけ要因になり得る。

9. 応用例

9.1 材料設計の軸

  • 永久磁石:高温保磁力、減磁耐性、添加元素(Dy/Tb)の量と配置
    • 高温域での性能維持が鍵であり、Dy/Tb添加の必要性が用途温度と結びついて整理される。
  • 磁歪材料:巨大磁歪、バイアス磁場下での機械応答
    • Tb–Dy–Fe系のTerfenol-Dは巨大磁歪材料として位置づく。
  • 核分野:中性子吸収の大きさを利用した制御材
    • Dyは制御棒材料として言及される。
  • 光機能:蛍光体活性、レーザー材料、メタルハライドランプ
    • Dy化合物が光源・発光材料の文脈で挙げられる。

9.2 具体例

  • 高温用途のNd–Fe–B系磁石(EV駆動モータ等)
    • モータ内部温度が100 ℃を超える用途でDy/Tb添加が必要となり得る、という記述がある。
  • 磁歪アクチュエータ・センサ(Terfenol-D系)
    • 磁場→歪み変換を用いた駆動・計測に接続する。
  • 原子炉制御材
    • 中性子吸収に基づく材料選択の一例である。

10. 地政学・政策・規制

  • 永久磁石と重希土類の政策的整理

    • 日本語の公的資料では、Nd磁石の耐熱性のためにDyまたはTb添加が必要となる場合がある、という技術的関係が明確に説明されている。
    • これはDyが「電動化の材料要素」に組み込まれていることを意味する。
  • 資源フローの観点(混在元素と分離の重さ)

    • マテリアルフロー資料では、レアアースが複数元素混在で産し、存在形態(モナザイト、バストネサイト、イオン吸着鉱など)により元素構成比が変わることが整理されている。Dyのような重希土類の供給はこの構造に強く支配される。
  • 直近の国際動向(輸出管理・供給不確実性)

    • 2025年4月4日付で、中国が中・重希土類を含む輸出管理を実施した、と報じられている(Dyを含むカテゴリーが言及される)。
    • 2025年10月(報道上の言及)にも、希土類供給の不確実性に関する警戒が指摘されている。
    • これらは材料研究において、性能だけでなく供給頑健性を同時に考える必要性を強める要因である。

まとめと展望

ジスプロシウム(Dy)は、4f電子由来の磁気的特徴を基盤として、Nd–Fe–B系磁石の高温保磁力向上、Tb–Dy–Fe系磁歪材料、核分野の中性子吸収、光機能材料などへ広く接続する重希土類元素である。今後は、電動化・高効率化の進展で高温域で動作する磁石需要が増える一方、供給・分離精製・輸出管理などの不確実性が材料設計に直接入り込み、Dyの使用量低減(分布制御を含む)と代替設計(材料・機器・熱設計の統合)が並行して重要になると見込まれる。

参考文献

その他参考にしたsources