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サマリウム(Sm)

サマリウム(Sm)はランタノイド(希土類)に属し、4f電子に由来する磁性・光学・化学的多様性が材料機能へ直結する元素である。特にサマリウムコバルト(Sm–Co)系永久磁石、核分野での中性子吸収、Sm(II)の強い還元性を利用した反応化学など、同一元素が複数の産業領域を横断して重要性を持つ点が特徴である。

参考ドキュメント

1. 基本情報

項目内容
元素名サマリウム
元素記号 / 原子番号Sm / 62
標準原子量150.36
族 / 周期 / ブロックランタノイド / 第6周期 / fブロック
電子配置[Xe]4f66s2
常温常圧での状態固体(金属)
常温の結晶構造(代表)金属Sm(多形をとり得る:温度で結晶構造が変化)
代表的な酸化数0,+3(加えて +2 が化学的に重要)
代表的イオン対(溶液化学)Sm3+(基本)、Sm2+(強還元性・反応化学で重要)
主要同位体(研究上重要)147Sm(長半減期で地球化学・年代学に関与)、149Sm(中性子吸収が大きいことで知られる)、152Sm(天然存在比の大きい安定同位体の一つ)
代表的工業形態Sm2O3(酸化物)、Sm–Co合金(永久磁石)、蛍光体・発光材料への添加、核分野での吸収材・制御材候補(概念的用途を含む)
  • 補足
    • ランタノイドの多くは +3 を基本とするが、Smは +2 も安定化し得る点が化学・物性の入口として重要である。Sm(II)化合物(例:SmI2)は非常に強い還元剤として有機合成・材料合成の文脈で頻出する。
    • Sm–Co永久磁石はNd–Fe–Bと並ぶ希土類磁石であるが、温度特性・耐食性・高温での保磁力という観点で設計思想が分岐する。
    • 資源としてのSmは単独鉱物として扱われることは稀であり、鉱床・分離精製・サプライチェーンを同時に見ないと材料実装の議論が不安定になりやすい。

2. 歴史

  • 希土類分離と元素同定

    • サマリウムは希土類(レアアース)分離研究の流れの中で同定された元素であり、鉱物からの分離・精製が元素化学の発展そのものと強く結びついている。
    • 希土類は化学的性質が互いに近く、溶媒抽出・イオン交換などの分離技術が確立して初めて工業材料へ接続できた。サマリウムはその技術史の上に位置づく。
  • Sm–Co永久磁石の登場

    • 1970年代以降、Sm–Co系永久磁石(SmCo5Sm2Co17系など)が高性能磁石として実用化され、特に高温環境・耐食環境での磁石材料として重要性を得た。
    • その後、Nd–Fe–B磁石が最大エネルギー積の観点で広範に普及する一方、Sm–Coは高温安定性や温度係数、耐食性などの観点で差別化され、用途分担が形成された。
  • 供給リスクと政策文脈

    • 希土類全般は地政学的・産業政策的な論点になりやすく、日本語資料としても永久磁石(Nd磁石、SmCo磁石を含む)の安定供給が議論されている。
    • 技術課題(分離精製、代替材料)と制度課題(調達、在庫、サプライチェーン)の同時最適化が要請されやすい点は、材料研究の外側にあるが無視できない制約である。

3. サマリウムを理解する

  • 電子状態(4f電子:局在性と多重項)

    • Smの4f電子は一般に局在性が強く、遍歴電子が支配的な遷移金属とは異なる磁性・光学特性を与える。スピン・軌道角運動量の結合(LS結合)と結晶場の相互作用が、磁化や異方性、発光準位に反映される。
    • 材料の巨視的応答(磁気異方性、保磁力、発光スペクトル)は、4f準位の分裂と緩和過程(フォノンとの結合など)により特徴づけられる。
  • 酸化数(+3に加えて+2が重要)

    • 水溶液・固体化学で基本となるのは Sm3+ である。一方でSm(II)は強い還元性を示し、SmI2 のような反応剤として有名である。
    • 標準還元電位の代表例としてSm3++3eSm(s),E2.304 Vが挙げられ、これはSm金属が酸化されやすい(還元剤として強い)側にあることを示す。
  • 磁性(永久磁石材料への接続)

    • Sm–Co系永久磁石の本質は、希土類元素が与える大きな磁気異方性と、Co系が与える高い磁化・高いキュリー温度を組み合わせ、温度上昇時も保磁力を維持しやすい点にある。
    • 相としては SmCo5(1:5)および Sm2Co17(2:17)系列が重要であり、組成・熱処理・微細組織により磁壁ピン止め機構が設計される。ここでは「元素Sm」だけでなく、相平衡と析出・界面を含む状態として理解することが不可欠である。
  • 資源(希土類鉱床と分離精製)

    • Smはモナザイト(リン酸塩)、バストネサイト(炭酸フッ化物)、イオン吸着型鉱床などの希土類鉱床に他のランタノイドと混在して産する。
    • 希土類は「掘る」ことより「分ける」ことが工業的支配因子になりやすく、溶媒抽出プロセスの段数・試薬・排水処理がコストと環境負荷を強く規定する。
  • 循環(磁石・部材からの回収)

    • 希土類磁石のリサイクルは、磁石合金として回収できても、目的元素へ再分離する工程が重くなりやすい。日本語資料でも分離精製工程の国内実装が課題として言及されている。
    • SmはNd磁石ほど回収対象として一般に語られない場合もあるが、磁石材料の多様化(SmCoを含む)と供給リスクを考えると、希土類全体の循環技術の枠組みで位置づけ直すのが妥当である。

4. 豆知識

  • Smは「強い還元剤」と「強い異方性」の二つの顔を持つ

    • Sm(II)化学は溶液反応での強い還元性として現れ、Sm–Coは固体磁性での強い磁気異方性として現れる。
    • どちらも「4f電子が主役」という共通点を持ちながら、化学反応と磁性機能という異なる出口を与える点が、希土類元素を学ぶ面白さである。
  • 高温で強い磁石という設計思想

    • Nd–Fe–Bが小型・高出力を支える一方、Sm–Coは高温環境での磁気特性維持という要求に対して有効であり、材料選択が「最大性能」だけで決まらないことを示す題材になる。

5. 地球化学・産状

5.1 主な鉱石・鉱物形態

  • モナザイト(monazite):リン酸塩系(希土類+Th等を含み得る)
  • バストネサイト(bastnäsite):炭酸フッ化物系(軽希土が多い傾向)
  • ゼノタイム(xenotime):リン酸塩系(比較的重希土側が多い場合)
  • イオン吸着型鉱床(粘土鉱物への吸着):重希土が相対的に得られやすいとされる

補足:

  • Smは希土類の中では「中希土」として扱われる整理もあり、鉱床の種類によって共存元素比が変わるため、原料鉱床の違いが分離後の製品ポートフォリオへ直結する。
  • 希土類鉱石は放射性元素(Th、Uなど)を含み得るため、採鉱・精鉱・残渣処理に規制・管理の論点が入りやすい。

5.2 鉱床と地球史の接点

  • 希土類鉱床は火成活動・熱水活動・堆積過程に依存して形成され、同じ「レアアース」でも地質学的背景が大きく異なる。
  • Sm–Nd同位体系は地球化学・年代学で用いられ、地球内部進化の議論に登場する。材料科学の視点では「同位体が物質史を記録する」という意味で、元素機能の別の顔が見える。

5.3 地球深部

  • ランタノイド自体は地球深部主要成分ではないが、Sm–Nd同位体比などはマントル分化や地殻形成史の推定に関与する。
  • したがってサマリウムは、資源元素であると同時に、地球史を読むためのトレーサーとしても重要性を持つ。

6. 採掘・製造・精錬・リサイクル

6.1 採掘・選鉱・濃縮

  • 希土類鉱石は他元素を多く含み、破砕・粉砕後に比重選鉱、磁選、浮選などで希土類鉱物を濃縮する。
  • 濃縮後の精鉱は化学処理へ送られ、元素分離は主として湿式プロセス(溶解・抽出・沈殿)で進む。

6.2 化学処理(浸出・分離)

  • モナザイトやバストネサイトは酸・アルカリで分解し、希土類を溶液へ移した後、溶媒抽出で元素ごとに分ける。
  • 希土類同士の化学的性質は近いため、抽出段数が増えやすく、試薬・溶媒管理や排水処理が技術課題になる。

6.3 金属化(酸化物→金属)

サマリウムは酸化物として得られることが多く、金属化は熱化学還元や溶融塩電解が用いられる。概念反応としては

Sm2O3+3Ca2Sm+3CaO

のような強還元剤(Caなど)を用いる還元が挙げられる。実際には原料形態(塩化物、フッ化物)や装置条件により経路が変わる。

6.4 磁石材料(Sm–Co合金)

  • Sm–Co磁石は合金溶解・粉砕・成形・焼結・熱処理で作られ、相制御と微細組織制御が磁気特性を決める。
  • SmCo5 系と Sm2Co17 系で設計自由度が異なり、高温用途では温度係数や減磁耐性が重視される。

6.5 循環(回収と再資源化)

  • 希土類磁石の回収は、合金としての回収(磁石粉、スクラップ)と、元素分離まで戻す回収が区別される。
  • 日本語の公的資料では、レアアース回収における分離精製工程の確立が課題として議論されており、国内で成立するプロセス設計が重要になる。

7. 物理化学的性質・特徴

7.1 電子構造と結合

  • Sm金属は典型的なランタノイド金属として、4f電子の局在性が強く、化学結合の主役は6s(および一部5d)に寄ると整理されることが多い。
  • 一方で、4f準位のエネルギー位置や混成の程度は化合物で変わり得て、価数揺らぎ(+2/+3)や異常な磁性・輸送特性として現れる場合がある。

7.2 結晶と相

  • 金属Smは温度で結晶構造が変化し得る。希土類金属に共通して、六方系やそれに近い積層構造が現れやすい。
  • 物性の議論では、単に「金属Sm」の値を暗記するより、化合物(酸化物・硫化物・間化合物)で機能が決まることが多い点に注意が必要である。

7.3 磁性(Sm単体とSm–Co)

項目内容(要点)備考
Sm金属の磁性温度依存の磁気秩序を示し得る(化合物では多様)4f多重項と結晶場が効く
Sm–Co永久磁石高温での保磁力維持・温度特性が重要Nd–Fe–Bと用途分担
支配因子磁気異方性、相組成、微細組織、欠陥焼結・熱処理で最適化
  • 補足
    • Sm–Co磁石の議論は「元素Smの磁性」ではなく、「希土類が与える異方性」と「Co系が与える磁化・高温安定性」を相・組織で接続する議論になる。
    • したがって磁性表は入口であり、設計の本体は相平衡・析出・粒界・欠陥の制御である。

7.4 熱物性・力学・輸送

項目値(代表値)備考
融点1072 ℃RSCの代表値
沸点1794 ℃同上
密度7.52 g cm320 ℃付近の代表値として扱われることが多い
  • 補足
    • 希土類金属の物性値は測定条件・純度・相により差が出得るため、材料設計では酸化物・合金・化合物の物性へ議論を移すことが多い。
    • Sm–Co磁石では温度上昇に伴う磁化低下や保磁力低下が設計制約となり、熱物性(熱伝導、熱膨張、熱応力)も信頼性に直結する。

7.5 電気化学(標準電位の位置づけ)

  • サマリウムは非常に負の標準還元電位を持ち、水溶液中で金属状態が熱力学的に安定でない側に位置づく。
  • 代表例:
Sm3++3eSm(s),E2.304 V
  • 溶液条件(pH、配位子、錯形成、溶媒)で実効的な酸化還元挙動は変わるため、数値の暗記より、反応の支配因子(錯体化、溶媒和、沈殿)を押さえるのが有効である。

7.6 酸化状態・錯体化学・発光

  • Sm3+ は硬い酸として酸素供与配位子と結びつきやすく、錯体・配位高分子・無機ホスト中での発光中心として利用される。
  • サマリウムの発光は4f–4f遷移に由来し、鋭いスペクトル線を示し得る。ホスト格子・対称性・非放射緩和(高エネルギーフォノン)によって量子収率が左右される。
  • Sm(II)化学は強還元性に加え、価数変化を伴う電子移動や固体の電子状態制御にも接続し得る。

7.7 拡散・欠陥・相平衡(磁石材料の観点)

  • Sm–Co磁石では、相分解や析出、粒界相の形成が保磁力機構を規定する。微細組織は熱処理で作り込まれ、磁壁の運動が抑制されるよう設計される。
  • したがって「化学量論」と同程度に「相の分率と界面構造」が重要であり、相平衡図と熱処理履歴が材料機能を支配する。

8. 研究としての面白味

  • 4f電子物性の入口としてのSm

    • 局在電子、結晶場、多重項、スピン軌道相互作用が、磁性・光学へ直結するため、固体物理の概念が材料機能に翻訳される過程が見えやすい。
  • Sm(II)の化学と機能材料

    • Sm(II)化合物の強還元性は反応設計の道具であり、元素の酸化数が「物性」だけでなく「合成経路」を決める好例である。
  • 永久磁石(Sm–Co)の高温設計

    • 最大性能だけでなく温度特性・耐食性・信頼性が材料選択を決めることを、Sm–Coは明確に示す。相・組織・界面が機能を作るという材料学の基本が凝縮されている。
  • 供給と材料機能の結合

    • 希土類は分離精製とサプライチェーンが材料実装を規定しやすい。資源統計・政策資料を一次情報として読むことで、材料研究の制約条件が具体化される。

9. 応用例

9.1 材料設計の軸

  • 永久磁石:高温での保磁力、温度係数、耐食性、機械的健全性
    • Sm–Coは高温環境での磁気特性維持が焦点となり、相・微細組織・粒界の設計が中心課題になる。
  • 発光材料:ホスト格子、非放射緩和の抑制、濃度消光の回避
    • Sm3+ の4f発光を取り出すには、ホストのフォノンエネルギーや局所対称性の設計が効く。
  • 化学反応(SmI2など):反応選択性、溶媒・配位子効果
    • Sm(II)の還元反応は溶媒和・配位子で反応性が大きく変わるため、化学の設計自由度が高い。

9.2 具体例

  • 高温用永久磁石:航空宇宙、発電、センサ、過酷環境モータ
    • Nd–Fe–Bが苦手とする高温域・耐食要求のある領域でSm–Coが候補になる。
  • 光学・フォトニクス:発光材料への添加(研究用途を含む)
    • 4f準位由来の鋭い発光が、ホスト設計と組み合わせて利用される。
  • 核・放射線分野:中性子吸収の観点での材料設計(概念的利用を含む)
    • 同位体組成と吸収断面積の違いが設計変数となり得るため、同位体工学の視点が入る。

10. 地政学・政策・規制

  • 供給集中と磁石産業

    • 希土類は採掘より分離精製・磁石製造の工程に供給集中が生じやすく、政策的に安定供給が議論される。日本語資料でも永久磁石(Nd磁石・SmCo磁石)の外部依存性が整理されている。
  • リサイクルと国内プロセス

    • 磁石・部材からの回収は、回収量だけでなく分離精製工程の成立性が鍵となる。レアアース分離精製の技術開発が公的事業として継続的に扱われている点は、材料研究と制度が結びついている例である。
  • 規制の入り方(放射性元素混入など)

    • 希土類鉱石はTh等を含み得るため、残渣・廃棄物管理や輸送規制が技術選択へ影響し得る。材料設計に直接現れにくいが、原料段階の制約として無視できない。

まとめと展望

サマリウム(Sm)は、4f電子に由来する磁気異方性・発光特性・価数可変性を通じて、永久磁石(Sm–Co)、光機能材料、反応化学、核分野の材料設計まで幅広く接続する元素である。今後は、希土類全体の分離精製・循環技術の高度化と、高温・過酷環境向け磁石の需要動向が同時に進むことで、Smの材料価値は「性能」だけでなく「供給と循環の設計可能性」を含めて再評価される局面が広がると見込まれる。

参考文献

その他参考にしたsources