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セリウム(Ce)

セリウム(Ce)はランタノイドの中でも Ce(III)/Ce(IV) の価数可変性が顕著であり、酸素の出し入れ(酸素貯蔵・放出)を介して触媒・表面反応・機能性酸化物の設計に直結する元素である。酸化セリウム(セリア, CeO2)は自動車排ガス浄化触媒、ガラス・半導体・ディスプレイの精密研磨、紫外線カットガラスなど、現代の材料産業の複数の中枢工程を同時に支える。

参考ドキュメント

1. 基本情報

項目内容
元素名セリウム
元素記号 / 原子番号Ce / 58
標準原子量140.116
族 / 周期 / ブロックランタノイド / 第6周期 / fブロック
電子配置[Xe]4f15d16s2(エネルギー準位が近く、固相・化合物で占有が揺らぎ得る)
常温常圧での状態固体(金属)
常温の結晶構造(代表)金属Ce(温度・圧力で多形を取り得る)
代表的な酸化数0,+3,+4(Ceは+4が実用上とくに重要)
代表的イオン対(溶液化学)Ce3+/Ce4+(強い酸化剤側を含む)
主要同位体(研究上重要)140Ce(天然存在比が大きい安定同位体の一つ)
代表的工業形態CeO2(セリア:触媒・研磨材・UVガラス等)、ミッシュメタル(希土類混合金属)、火打石材料(フェロセリウム系)、各種セリウム塩
  • 補足(設計可能性の要点)
    • Ceはランタノイドの中でも「+4が実用的に安定化しやすい」という点で特異である。この性質が、セリアの酸素欠陥形成(Ce4+Ce3+)と酸素貯蔵能(OSC)という機能へ直結する。
    • したがってセリウムは、元素Ceそのものというより「セリア(CeO2)という可逆酸化還元酸化物」として学ぶと、材料設計への接続が速い。

2. 歴史

  • 希土類分離技術と元素化学

    • セリウムは希土類の分離研究の歴史と結びついて確立された元素である。ランタノイドは互いに化学的性質が近く、分離・精製の進展がそのまま工業材料化の前提となった。
    • 現代でも、採掘よりも分離精製がボトルネックになり得るという構造は、希土類全体に共通する。
  • セリアの産業化:触媒・ガラス分野

    • セリアは自動車排ガス浄化(三元触媒)における酸素貯蔵材として重要であり、またガラス研磨材・ガラスの消色剤・UVカットガラス用途などで大量に用いられてきた(国内の公的資料でも用途が整理されている)。
    • 研磨用途では、ディスプレイ・光学部材・半導体プロセスに広く浸透し、現代の精密製造の基盤材料となった。
  • 資源・循環の論点

    • 研磨スラリーとして使用された酸化セリウムは回収・再資源化が技術課題となり、国内企業も再利用プロセスを公開している。希土類は「材料機能」だけでなく「材料循環」を含めて価値が評価される局面にある。

3. セリウムを理解する

  • Ce(III)/Ce(IV) の可逆性(酸素欠陥と結びつく)

    • セリアの基本反応骨格は、格子酸素の脱離と酸素空孔の生成、およびそれに伴う価数変化で表せる。
    CeO2CeO2δ+δ2O2
    • このとき局所的に Ce4+Ce3+ が進み、酸素空孔(欠陥)と電子が結びつく。触媒表面ではこの欠陥が反応場となり、酸化還元反応や酸素移動が促進される。
  • 酸化還元電位(Ce(IV)は強い酸化剤)

    • 溶液化学では Ce4+/Ce3+ の標準電位が大きく、Ce(IV)が強い酸化剤として働くことが基本である(酸・陰イオン条件で値が変わる)。
    Ce4++eCe3+,E1.441.61 V (vs. SHE)
    • この強い酸化力は酸化還元滴定や酸化反応にも利用され、固体(セリア)における酸素の授受と「同じ価数可変性」を共有する。
  • 触媒(OSC:酸素貯蔵能)の意味

    • 三元触媒では空燃比が揺らぐため、触媒表面の酸化還元雰囲気を平準化する役割が必要である。CeO2–ZrO2固溶体などは酸素貯蔵・放出能により雰囲気を調整し、CO/HC/NOx の同時浄化を助ける。
    • 本質は、酸素空孔形成エネルギー、比表面積、固溶体の構造安定性、粒界・表面の欠陥化学が結びついて、巨視的なOSCとして観測される点にある。
  • ガラス・精密研磨(化学と機械の同時作用)

    • 酸化セリウム研磨は、機械的除去に加えてガラス表面との化学相互作用が効くことで高品位な鏡面を得やすいとされ、光学部材・ディスプレイガラス・半導体関連に広く用いられる。
    • この用途は消耗材としての量が大きく、回収・再資源化の技術が産業的に重要となる。
  • 資源(軽希土:鉱床と分離精製)

    • セリウムは軽希土に属し、モナザイト、バストネサイトなどの希土類鉱物に他のランタノイドと混在して産する。
    • 希土類は「掘る」より「分ける」ことが支配因子になりやすく、溶媒抽出・排水処理・残渣管理がコストと環境負荷を規定する。

4. 豆知識

  • Ceは「酸素の出し入れが得意」な希土類である

    • 多くのランタノイドは+3が支配的であるのに対し、Ceは+4が実用的に現れるため、酸素欠陥と直結した機能(OSC)を作りやすい。
    • その結果、触媒材料の議論が「元素化学」から「欠陥化学・表面科学」へ自然に接続する。
  • 研磨材としてのCeO2は、目立たないが巨大な基盤技術である

    • 光学ガラスやディスプレイの最終平滑化は製品品質を決める工程であり、ここに酸化セリウムが深く入り込んでいる。
    • この意味でCeは、触媒と並ぶもう一つの「社会実装スケールが大きい」出口を持つ。

5. 地球化学・産状

5.1 主な鉱石・鉱物形態

  • モナザイト(リン酸塩):希土類+Th等を含み得る
  • バストネサイト(炭酸フッ化物):軽希土が多い傾向
  • ゼノタイム(リン酸塩):相対的に重希土が多い場合
  • 風化・堆積に伴う二次鉱物相(地域により多様)

補足:

  • 希土類鉱石は放射性元素(Th, U)を含み得るため、採鉱・精鉱・残渣の取り扱いが材料供給の制約となり得る。
  • Ceは酸化環境でCe(IV)として挙動が変わりやすく、希土類パターンにおける「セリウム異常(Ce anomaly)」として地球化学指標に使われることがある。材料元素が地球化学トレーサーとして機能する点が興味深い。

5.2 鉱床と地球史の接点

  • Ceは酸化還元環境に敏感であり、海水・堆積物に記録されるCeの挙動は古環境(酸化的/還元的条件)と結びつけて議論されることがある。
  • したがってセリウムは、資源元素であると同時に、地球表層環境の変遷を読むための化学的指標にもなり得る。

5.3 地球深部

  • 希土類は地球深部主要成分ではないが、地球化学的には微量元素として分配挙動が議論される。
  • 材料科学の観点では「価数状態が圧力・温度・酸素化学ポテンシャルで動く」という基本概念が、地球科学と共通語彙で接続する。

6. 採掘・製造・精錬・リサイクル

6.1 採掘・選鉱・濃縮

  • 希土類鉱石は他元素を多く含み、破砕・粉砕後に比重選鉱、磁選、浮選などで希土類鉱物を濃縮する。
  • 得られた精鉱は湿式化学処理へ送られ、希土類を溶液へ移した後に元素分離が行われる。

6.2 分離精製(溶媒抽出)

  • 希土類は化学的性質が近いため、溶媒抽出の段数が増えやすい。プロセス設計は抽出剤、pH制御、相分離、排水処理と一体である。
  • Ceは+4をとり得るため、条件により分離挙動が変わる場合があり、価数制御が工程設計変数となることがある。

6.3 セリア(CeO2)の製造と機能発現

  • 多くの場合、酸化物(CeO2)として製品化され、触媒用には粒径、比表面積、ZrO2等との固溶化、担体との相互作用が設計因子となる。
  • 触媒機能は「組成」だけでなく「欠陥・表面・粒界」を含む状態として決まるため、焼成・雰囲気・添加元素で性能が大きく動く。

6.4 研磨材(酸化セリウム)と再資源化

  • 酸化セリウム研磨材はスラリーとして用いられ、使用後は被研磨物由来の微粒子と混在する。
  • 再資源化では、研磨粒子の分離・再分散・品質回復が要点となり、国内でも研磨スラリーから砥粒成分を分離して再利用する技術が公開されている。

6.5 循環(レアアース全体の枠組み)

  • 希土類の循環は、回収(集める)だけでなく、再び材料グレードに戻す分離精製の成立が鍵となる。
  • Ceは研磨用途で量が大きくなり得るため、磁石元素とは異なる循環経路(研磨スラリー由来)が重要になり得る。

7. 物理化学的性質・特徴

7.1 電子構造と結合(Ceの特異性)

  • Ceは4f, 5d, 6s準位が近く、固体・化合物で電子占有や価数が揺らぎ得る点が特徴である。
  • セリア(CeO2)では、欠陥(酸素空孔)形成と局所Ce(III)の生成が強く結びつき、触媒活性や酸素移動特性を規定する。

7.2 結晶と相

  • 金属Ceは温度・圧力で多形を示し得る。相転移が体積変化を伴うことが知られ、電子状態と格子が結びつく題材としても扱われる。
  • 応用上は金属Ceよりも酸化物(CeO2)や固溶体(CeO2–ZrO2等)が主役となる場合が多い。

7.3 触媒・欠陥化学(OSCの数式骨格)

  • 酸素貯蔵・放出は、酸素化学ポテンシャルの変化に対する酸素欠陥濃度の応答として理解できる。
  • 反応の概念式:CeO2+xCOCeO2x+xCO2CeO2x+x2O2CeO2
  • 実材料では、Zr固溶、表面比、担体、貴金属(Pt, Pd, Rh)との界面が速度論を規定し、単純な化学量論以上に「微細構造」が支配因子となる。

7.4 熱物性・力学・輸送

項目値(代表値)備考
融点799 ℃RSC
沸点3443 ℃RSC
密度6.77 g cm320 ℃付近(RSC)
  • 補足
    • 工業的な主役はCeO2であり、粉体物性(粒径分布、凝集、比表面積、焼結性)が性能と加工性を左右する。
    • セリア系材料は温度・雰囲気で酸素欠陥が変わり得るため、輸送(酸素イオン移動)や表面反応が温度履歴に敏感になり得る。

7.5 電気化学(Ce(IV)/Ce(III)の位置づけ)

  • 標準電位が大きいことから、Ce(IV)は強い酸化剤として働く。E=ERTnFlnQ
  • 実際の反応性は酸種(硝酸、硫酸、塩酸など)や錯体化で変化し、同じCe4+/Ce3+でも観測される電位が異なる場合がある。

7.6 酸化状態・錯体化学・材料化学

  • Ce3+はランタノイドとしての基本挙動(硬い酸、酸素配位子との親和)を示す。
  • Ce4+は強い酸化力を持ち、固体ではCeO2として安定に現れ、酸素欠陥化学を通じて触媒・表面反応へ接続する。
  • この「+3/+4の両輪」が、Ceを他のランタノイドから区別する最重要点である。

7.7 拡散・欠陥・相平衡

  • セリア固溶体(例:CeO2–ZrO2)では、固溶による格子歪みと酸素欠陥形成エネルギーの変化がOSCや耐久性に影響する。
  • 粉体では粒界・表面の欠陥が多く、バルクとは異なる欠陥平衡が支配的になり得るため、焼成温度と雰囲気制御が重要になる。

7.8 同位体と分光

  • Ceの価数状態(Ce(III)/Ce(IV)比)はXPSやXAFSなどで評価されることが多く、表面・バルクの違いが機能差として現れる。
  • 触媒研究では、その場測定(雰囲気・温度を変えながら価数と欠陥を追う)が機構理解に有効である。

8. 研究としての面白味

  • 欠陥化学が産業機能へ直結する

    • 酸素空孔、価数、表面状態というミクロな量が、排ガス浄化や酸素移動という巨視機能に翻訳される点が学術的に美しい。
    • 触媒は「組成」でなく「状態」で性能が決まるという材料学の基本が凝縮されている。
  • 地球化学(Ce anomaly)との接続

    • 同じCe(III)/Ce(IV)が、地球表層の酸化還元環境を記録する化学指標としても現れる。
    • 工業機能と地球化学が同じ価数可変性で結ばれる点が興味深い。
  • 研磨材としての社会実装スケール

    • 触媒に比べて語られにくいが、精密研磨は製造の基盤であり、CeO2の使用量・循環は資源・環境の論点へ直結する。
    • 研磨スラリーの再資源化は、材料循環を「粉体・界面化学」の問題として捉える題材になる。

9. 応用例

9.1 材料設計の軸

  • 触媒:OSC、耐久性(焼結抑制)、表面欠陥設計、固溶体化(CeO2–ZrO2等)
    • 反応場の酸素供給能力と、長期の構造安定性の両立が中心課題となる。
  • 研磨材:粒径分布、凝集制御、スラリー安定性、回収・再利用性
    • 研磨性能は粒子特性と表面化学の両輪で決まり、循環では分離・再分散が重要となる。
  • ガラス:UVカット、消色、光学特性
    • Ce添加はガラスの光学特性制御に用いられ、用途により最適化の方向が変わる。

9.2 具体例

  • 自動車排ガス浄化(三元触媒)
    • CeO2–ZrO2系の酸素貯蔵材が、空燃比変動下で浄化性能を支える。
  • ガラス・光学・ディスプレイの精密研磨
    • 酸化セリウム研磨材が鏡面仕上げに用いられ、製品品質を規定する。
  • 化学(酸化還元滴定・酸化剤)
    • Ce(IV)塩は強酸化剤として利用され、酸化還元反応の基盤化学として扱われる。
  • 資源循環(研磨スラリー由来)
    • 使用済み研磨スラリーから砥粒を回収し再利用する技術が、希土類の循環に寄与する。

10. 地政学・政策・規制

  • 希土類としての供給構造

    • Ceは希土類の一員として資源統計(USGS等)に整理され、需給・在庫・産業用途の変動が市場へ波及する。
    • 供給の論点は採掘だけでなく分離精製・中間材・最終製品の段階分業に依存する。
  • 国内の環境・化学物質管理の文脈

    • 国内資料では、セリウムおよびその化合物の用途や環境施策上の位置付けが整理されている。
    • したがってCeは、材料機能と同時に化学物質としての管理の視点でも扱われることがある。
  • 循環(研磨材)という別ルートの重要性

    • 磁石用途の希土類とは異なり、Ceは研磨材として大量使用され得るため、回収・再利用の経路設計が資源面で意味を持ち得る。
    • 企業・研究機関の公開情報は、循環技術の方向性を把握する入口となる。

まとめと展望

セリウム(Ce)は、Ce(III)/Ce(IV)の価数可変性と酸素欠陥化学を通じて、セリア触媒の酸素貯蔵機能、精密研磨材としての表面加工、ガラスの光学特性制御などに広く実装される元素である。今後は、セリア系材料の高耐久化(高温焼結抑制、欠陥状態の安定化)に加え、研磨スラリー由来の回収・再資源化を含む資源循環の高度化が、Ceの材料価値を「性能」と「循環」の両面から押し上げると見込まれる。

参考文献

その他参考にしたsources