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セレン(Se)

セレン(Se)は、硫黄(S)とテルル(Te)に挟まれたカルコゲン元素であり、「半導体としての電子機能」「ガラス・顔料としての光学機能」「酸化還元種としての環境化学」「必須微量元素としての生体機能」が同時に立ち上がる点に本質がある。金属資源としては“単独鉱石”よりも、銅製錬など非鉄製錬の副産物として回収されることが多く、需要側(太陽電池・電子材料)と供給側(非鉄製錬の操業)とが強く結びつく。したがってセレンは、材料・資源・環境・生命を横断する「機能の交差点」として学ぶ価値が高い。

参考ドキュメント

1. 基本情報

項目内容
元素名セレン
元素記号 / 原子番号Se / 34
標準原子量78.971(代表値)
族 / 周期 / ブロック第16族 / 第4周期 / pブロック(カルコゲン)
電子配置[Ar]3d104s24p4
常温常圧での状態固体(非金属〜半金属的)
代表的同素体灰色(六方/三方晶、安定相)、赤色(非晶質/単斜晶など)
代表的酸化数2,0,+4,+6
重要な化学種(環境・溶液)セレン酸塩(Se(VI))、亜セレン酸塩(Se(IV))、セレン化物(Se(-II))
工業上の供給形態非鉄製錬(主に銅電解精製)副産物として回収される金属セレン、高純度セレン、SeO2
材料科学で頻出する化合物金属セレン化物(CdSe, ZnSe など)、遷移金属セレン化物(MoSe2 等)、FeSe(超伝導・電子相関系のモデル物質としても登場)
  • 補足(設計可能性の要点)
    • セレンは「価電子が p4」であることが、(i) 多様な酸化状態、(ii) 共有結合性の強いカルコゲン化物、(iii) 光・電気応答(半導体性、光伝導)を同時に成立させる基盤である。
    • 供給は“銅の生産量・精製プロセス”に結びつきやすく、需要が伸びても供給が同じように増えない局面があり得る。セレンは「材料の機能」と「資源の構造」を同時に見る訓練に適した元素である。

2. 歴史

  • 発見と命名

    • セレンは19世紀初頭に発見された元素であり、名称は月(Selene)に由来する(同時期に見つかったテルル=地球との対比として語られることが多い)。
    • 元素名の由来が、物質の性質そのものではなく“学術文化の比喩”にある点は、周期表が自然科学と人文史を同時に内包していることを示す。
  • 工業利用の変遷(光伝導 → 多用途化)

    • セレンは歴史的に光伝導材料として重要であり、複写機の感光体(セレンドラム)などに使われた時代がある。
    • その後、有機感光体などに置換される一方で、ガラス(着色・脱色)、冶金添加、電子材料、太陽電池などへ用途が分散していった。
    • 「一度主要用途が縮小した後に、別用途で再び重要性が浮上する」という産業史は、材料機能が社会実装の条件に強く依存することを示す好例である。

3. セレンを理解する

3.1 同素体と結合:なぜ“半導体的”なのか

セレンは同素体により結晶構造と電子状態が変わり、外観・機械特性・電気特性が大きく変わる。

同素体(代表)構造のイメージ特徴(要点)
灰色セレン(安定相)鎖状構造が規則的に配列半導体的、熱的に安定、材料としての基準相になりやすい
赤色セレン(非晶質/低温相)分子状・非晶質成分を含む光学特性が目立つ、加熱で灰色相へ変化しやすい
  • 材料として重要なのは「どの相を使っているか」と「履歴(成膜・焼成・アニール)」であり、単に“Se”と書いても状態は一意でない。

3.2 酸化数と化学種:Se(-II)/Se(0)/Se(IV)/Se(VI)

セレンの化学は、酸化数の切替が大きいほど“環境・プロセス・毒性”へ直結する。

酸化数代表種(例)典型的な場面
2セレン化物(MSe)、H2Se還元的環境、金属セレン化物材料、腐食・ガス安全
0単体 Se回収・精製の最終形態、光・電子材料
+4亜セレン酸塩(SeO32水環境・排水、化学プロセス中間体
+6セレン酸塩(SeO42強酸化的条件、水中での移行性が問題になりやすい

ネルンスト式は、環境中での形態変化(溶解・吸着・沈殿・揮発)を議論する基礎になる。

E=ERTnFlnQ
  • 重要なのは「どの形態(Se(VI)/Se(IV)/Se(0)/Se(-II))が優勢か」であり、これは pH・酸化還元電位(Eh)・共存イオン・吸着材(酸化鉄等)で大きく変わる。
  • 同じ“Se”でも、材料中(固体)と水環境(溶存種)では支配法則が異なるため、材料研究でも環境側の語彙(形態、移行性、基準値)を持っておくと議論が安定する。

4. 豆知識

  • セレンは「必須」と「有害」の距離が近い

    • セレンは必須微量元素として扱われる一方、過剰摂取は毒性(セレノーシス)として問題になり得る。
    • “不足”と“過剰”の間の安全域が狭いという性質は、栄養学だけでなく環境基準や排水管理の背景にもつながる。
  • セレンは“銅の副産物”として現れる

    • セレンは単独鉱山より、銅など非鉄製錬の副産物として回収されやすい。
    • 供給が素材産業の操業に結びつくため、需要側の変動だけで価格・供給が決まらないことがある。

5. 地球化学・産状

5.1 どこにあるか

  • セレンは硫黄と同族であり、硫化鉱物(Cu, Pb, Zn など)と同じ鉱床環境で共存しやすい。
  • “硫黄の席”に入り込む(同族置換する)ことで鉱石中に微量に濃集し、結果として製錬副産物として回収される構造を作る。

5.2 環境中でのふるまい

  • Se(VI)(セレン酸塩)は一般に移行性が高く、Se(0) や Se(-II) は固相として固定化されやすい、という直観が役に立つ。
  • 実務上は、鉄水酸化物への吸着、共沈、還元固定化などが、排水処理・土壌浄化の基本戦略になる。

6. 採取・製造・精錬

6.1 供給構造:電解銅精製のアノードスライム

  • 銅の電解精製では、アノード不溶解残渣(アノードスライム)に貴金属・希少元素が濃集し、セレンもここに集まりやすい。
  • セレン供給は「銅の精製がどれだけ動くか」「スライム処理設備があるか」に依存する。

6.2 典型的な回収の概念フロー

概念的には、濃集 → 酸化(揮発性種へ)→ 溶解・浄液 → 還元 → 金属セレン、の流れで理解できる。

  • 濃集:アノードスライム等に集まる
  • 酸化:SeO2 などへ(揮発・分離がしやすい形にする)
  • 浄液:不純物除去(高純度化の鍵)
  • 還元:金属セレンへ戻す

補足:

  • セレンは用途によって要求純度が大きく異なる。電子材料用途では微量不純物が性能に直結し、精製工程が価値の中核になる。

7. 物理化学的性質・特徴

7.1 物性

項目内容備考
融点221 ℃同素体・純度で実務上の扱いが変わる
沸点685 ℃揮発性の取り扱い・回収設計に関係
電気特性半導体的(状態依存)結晶相・欠陥・不純物で大きく変わる
光応答光伝導などが顕著歴史的に感光体用途が成立
  • 物性表は“セレンという元素の入口”であり、実材料では同素体、結晶性、欠陥、界面が支配因子になる。

8. 応用例

8.1 ガラス(着色・脱色)

  • セレンはガラスの着色(赤系)に使われる。
  • 一方で、ガラス中の鉄不純物による着色を相殺する目的(脱色)で使われる文脈もあり、光学機能材料としての位置づけが強い。

8.2 電子・光機能材料(セレン化物)

  • CdSe, ZnSe などの半導体セレン化物は、発光・受光、量子ドット、光デバイスで登場する。
  • 層状カルコゲナイド(MoSe2 等)は2次元半導体として研究が盛んであり、界面・欠陥・相転移が機能に直結する。

8.3 太陽電池(CIGS など)

  • セレンは薄膜太陽電池材料(CIGS系など)で重要になることがある。
  • ここでは“材料機能”だけでなく“供給とリサイクル”が同時に問題になるため、資源・環境の視点と相性が良い題材である。

8.4 冶金添加(被削性など)

  • セレンは金属材料(鉄・銅など)に微量添加され、加工性・被削性などを狙う文脈で言及されることがある。
  • ただし有害性・規制・工程管理との兼ね合いが常に付きまとうため、「入れれば良い」ではなく「入れても管理できるか」が同等に重要である。

9. 生体・毒性・規制(“必須だが過剰は毒”を制度が支える)

9.1 栄養学的な位置づけ

  • セレンは必須微量元素として扱われ、摂取基準(推奨量)と上限量が設けられている。
  • この“上限が明確”という点は、材料・化学物質としての取り扱いにも直結する(曝露管理の必要性)。

9.2 水環境・化学物質管理(日本の制度例)

  • セレン及びその化合物は、水質汚濁に係る環境基準(人の健康の保護)で基準値が設定されている。
  • 飲料水の水質基準でも「セレン及びその化合物」に基準値がある。
  • さらにPRTR制度の対象物質としても位置づけられ、事業者の排出量把握・管理の枠組みに入っている。

代表値(日本の基準の一例):

  • 水道水質基準:セレンの量に関して 0.01 mg/L 以下
  • 水質汚濁に係る環境基準(健康項目):セレン 0.01 mg/L 以下

補足:

  • 数値そのものの暗記より、「材料・工程が環境基準を越えない設計になっているか」「測定・管理の体制があるか」が実務的に重要である。

まとめと展望

セレンは、同素体・半導体性・光応答・酸化還元・生体必須性が同時に立ち上がる“多層機能元素”である。材料としてはセレン化物(半導体・2次元材料・太陽電池)により重要性が増す一方、資源としては銅製錬等の副産物という供給構造を持ち、環境・規制・安全が常に議論に入る。ゆえにセレンを学ぶことは、材料機能の理解だけでなく、供給制約・環境基準・社会実装条件まで含めて設計する訓練になる。

参考文献