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リチウム(Li)

リチウム(Li)は最も軽い金属であり、アルカリ金属として強い還元性と高いイオン移動性を示す元素である。材料科学では、リチウムイオン電池を軸に、資源(塩湖・鉱石)から精製、電極反応、リサイクル、制度までが一体の問題として現れやすい点が本質である。

参考ドキュメント

1. 基本情報

項目内容
元素名リチウム
元素記号 / 原子番号Li / 3
標準原子量6.94
族 / 周期 / ブロック第1族 / 第2周期 / sブロック(アルカリ金属)
電子配置[He]2s1
常温常圧での状態固体(金属)
常温の結晶構造(代表)bcc(温度により相変化を議論する場合がある)
代表的な酸化数0,+1(化合物ではほぼ +1
代表的イオン対(溶液化学)Li+(硬い酸としてO供与配位子と親和)
主要同位体(研究上重要)6Li7Li(天然に2安定同位体)
代表的工業形態Li2CO3LiOH、Li塩(電解液)、正極・負極材料への利用、ガラス・セラミックス添加、Al–Li合金、潤滑グリース、医薬(炭酸リチウム等:化学物質として)
  • 補足(設計可能性の要点)
    • 材料としてのリチウムの中心は「Li+ が結晶・界面・溶媒中をどの程度速く、どの程度可逆に動けるか」であり、これは拡散・欠陥・電気化学・界面反応が同時に効く問題である。
    • リチウムは元素としては単純(ほぼ +1)である一方、電池材料としては固相拡散、相変態、SEI(固体電解質界面)形成、電解液分解、析出・溶解など多段の現象が絡み、性能・安全・寿命が決まる。
    • したがって「Liを含む材料」は、組成だけでなく、粒子・界面・欠陥・履歴を含む“状態としての材料”として扱う必要がある。

2. 歴史

  • 元素の発見と命名

    • “lithium” はギリシャ語の石(lithos)に由来し、鉱物から同定された元素である。ナトリウムやカリウムが塩(溶液・植物灰)に由来する印象を持つのに対し、リチウムは鉱物学と化学分析の発展と結びついた。
  • 工業用途の拡大

    • 20世紀にはガラス・セラミックス、潤滑剤、アルミ合金などへ用途が拡大し、材料工学の中で「軽量化」「耐熱」「融点・粘性制御」といった機能に接続してきた。
    • 一方で、現代の中心は蓄電池であり、電極反応(可逆なLi挿入・脱離)を成立させる材料体系が、サプライチェーン全体の構造を押し上げた。
  • 蓄電池が資源・政策を前景化させた

    • 電動化・再生可能エネルギーの普及により、リチウムは「材料機能」だけでなく「供給・精製・回収」を同時に論じる必要がある元素になった。
    • 国の施策資料でも、蓄電池を特定重要物資として捉え、製造・部素材・装置・供給網を含めて議論する枠組みが示されている。

3. リチウムを理解する

  • 化学結合とイオン性(Li+ の硬さ)

    • Li+ は小さく電荷密度が高い陽イオンであり、酸素供与配位子(炭酸塩、リン酸塩、酸化物、溶媒分子のOなど)との相互作用が強い。
    • この性質は、電解液中での溶媒和構造、固体電解質中でのサイト占有、正極・負極ホスト格子での拡散障壁に反映される。
  • 酸化還元(非常に負の標準電位)

    • リチウム金属は強い還元剤であり、標準還元電位は非常に負側に位置づく。代表的半反応はLi++eLi(s)であり、教科書的には E3.04 V(SHE基準)として頻出する。
    • ただし水溶液系では金属リチウムが水と反応するため、電気化学の数値は「熱力学的な位置づけ」として理解し、実際の反応は溶媒・界面・副反応の制約とセットで捉えるべきである。
    • 濃度(活量)依存はネルンスト式で表される。E=ERTnFlnQ
  • 電池反応(挿入・脱離と界面)

    • リチウムイオン電池は、正極・負極が Li+ を可逆に受け入れる“ホスト材料”として機能し、外部回路の電子移動と固体内のイオン移動が整合して起こることで成立する。
    • 基本的模式図として、負極(グラファイト)ではC6+Li++eLiC6のような挿入反応が記述される。
    • 実際には、SEI形成、電解液分解、正極表面の再構成、遷移金属溶出などが性能劣化と安全性に直結し、元素Liは「電荷担体」であると同時に「界面反応を誘発する中心」でもある。
  • 資源(塩湖・鉱石・新規源)

    • リチウムの一次資源は大別して、塩湖(brine)由来と硬岩鉱石(spodumene等)由来に分かれる。近年は粘土(clay)や地熱塩水なども候補として議論される。
    • 供給の議論では、鉱量だけでなく、濃度、共存イオン(Mg/Li比など)、水資源、エネルギー源、精製工程の立地が制約となり、資源評価とプロセス評価が不可分になりやすい。
    • IEAの報告では、エネルギー転換鉱物としてリチウム需要が強く伸びていること、供給側の多様化が論点であることが整理されている。
  • 循環(回収と再資源化)

    • 蓄電池からの回収では、Co/Ni/Mnなどの価値金属と並び、Liも回収対象として位置づく。プロセスとしては湿式(浸出・溶媒抽出・沈殿)、乾式(高温処理)、それらの組合せが検討される。
    • リサイクルでは電池の設計(セル形式、接着・封止、電解液・フッ素系材料)と処理の難易度が直結し、材料設計と循環設計が分離しにくい。
    • 国内でもグリーンイノベーション基金等で蓄電池リサイクル関連技術が扱われており、制度・産業構造と研究開発が結びつく領域になっている。

4. 豆知識

  • リチウムは「金属なのに水に浮く」ほど軽い

    • リチウムはアルカリ金属の中でも密度が小さく、金属の直感(重い)を裏切る。軽さは輸送機器の軽量化材料(Al–Li合金)や、電池での高い重量当たりエネルギー密度という形で材料機能へ翻訳される。
  • 「Liは宇宙では少なめ」という不思議

    • リチウムは宇宙の元素合成を考えると興味深い位置にあり、軽元素にもかかわらず“思ったほど多くない”という議論が知られている。材料元素を学びながら、天文学・核物理の語彙に触れられる珍しい入口になる。
  • 7Li NMRが材料評価で活躍する

    • リチウムはNMRで追跡しやすい核種を持ち、固体電解質や電極中での局所環境、拡散、欠陥を議論する手段として重要である。平均構造だけで説明できない“局所の違い”が、電池性能に直結する系で特に強い。
  • 「塩湖から取る」だけでは終わらない

    • 一般には塩湖由来がよく語られるが、硬岩鉱石由来(spodumeneなど)の比重も大きく、さらに直接抽出(DLE)や地熱塩水など新しい経路が検討されている。リチウムは資源の種類がそのまま精製・環境負荷・コスト構造へ波及する元素である。
  • 充電式電池が火災要因になることがある

    • リチウム系電池は高エネルギー密度ゆえに、破損・短絡・誤廃棄が事故につながりうる。元素としてのリチウムの反応性が、社会実装では安全・回収制度の設計課題として現れる例である。
  • 「最も強い還元剤の一角」なのに、電池は可逆に動く

    • リチウム金属が化学的に活発であることと、リチウムイオン電池が高い可逆性を示すことは一見矛盾に見える。実際には、溶媒・塩・界面層(SEI)を含む“反応場の設計”により、強い駆動力を制御している点が電池科学の核心である。
  • リチウムは「電荷の運び屋」だが、構造も変える

    • 充放電で Li+ が出入りすると、正極・負極では格子定数、相分率、欠陥密度が変化し、力学応力や微小破壊を誘発し得る。電気化学が結晶学・力学と結びつく典型的題材である。

5. 地球化学・産状

5.1 主な鉱石・鉱物形態

  • スポジュメン(spodumene):LiAlSi2O6(硬岩鉱石の代表)
  • レピドライト(lepidolite):雲母系(Liを含む層状ケイ酸塩)
  • ペタライト(petalite):LiAlSi4O10
  • 塩湖かん水(brine):塩類と共存する Li+ を濃縮して得る
  • 粘土(clay)・地熱塩水:近年議論される候補(地域性が強い)

補足:

  • 資源として重要なのは「Li濃度」だけでなく、共存イオン(Mg、Ca、Bなど)、水資源、蒸発条件、エネルギー源、廃液・残渣の扱いが全体性能を規定する点である。
  • USGS統計は需給や生産国の動向を一次資料として整理する入口として有用である。

5.2 鉱床と地球史の接点

  • リチウムは火成活動や熱水活動、蒸発環境など多様な地質過程に関与し得る。
  • 材料側から見ると、同じ「リチウム資源」でも地質学的背景が精製プロセスと環境影響評価を変えるため、地球科学的情報が工学の前提条件になりやすい。

5.3 地球深部

  • リチウムは地球深部主要元素ではないが、鉱物中での微量元素としての振る舞いや、流体相への分配などが地球化学で議論される。
  • 材料科学の視点では「微量元素でも相や拡散で効く」という一般論を、地球スケールで再確認できる対象とも言える。

6. 採掘・製造・精錬・リサイクル

6.1 採掘・濃縮(塩湖と鉱石で流儀が異なる)

  • 塩湖かん水では濃縮(蒸発・化学処理)を経てLi塩として回収する考え方が基本になる。
  • 硬岩鉱石では破砕・選鉱でLi鉱物を濃縮し、後段の化学処理へ送る。

6.2 化学処理(炭酸塩・水酸化物)

  • 工業的には Li2CO3(炭酸リチウム)や LiOH(水酸化リチウム)が基幹製品として扱われ、電池材料(正極前駆体など)へ接続する。
  • 例えば炭酸塩の沈殿は概念的に2Li++CO32Li2CO3(s)の形で理解できるが、実際には不純物除去、晶析制御、溶媒系、温度条件が純度と収率を左右する。

6.3 金属リチウムと電解

  • 金属Liは化学的に活発であり、通常の水溶液電解では得にくい。工業的には溶融塩電解など、非水系・高温系の技術が関与する。
  • ここで重要なのは、目的が金属Liそのものか、Li塩(電池材料用)かで工程最適化が変わる点である。

6.4 リサイクル(電池からの回収)

  • リチウムイオン電池の再資源化では、材料群(正極、負極、電解液、集電体、バインダ)を分離し、金属・塩として回収する。
  • フッ素系材料や電解液処理は工程難易度に直結し、研究開発としても重要性が高い。国内外で制度整備と技術開発が同時に進む領域である(国内の事業資料・学術解説が入口になる)。

7. 物理化学的性質・特徴

7.1 電子構造と金属結合

  • リチウムは 2s1 の単純な価電子を持ち、金属結合はs電子の遍歴的性質で理解されることが多い。
  • 一方、固体中の電子状態は圧力・温度・不純物・欠陥で変化し、軽金属であっても単純金属を超えた相・物性が議論される場合がある。

7.2 結晶と相

  • 常温ではbcc構造として記述されることが多いが、温度や圧力による相変化は、基礎物性・理論物理の題材にもなる。
  • 工学的には、金属Li単体よりも、化合物(塩・酸化物)や電池材料(ホスト結晶)としての相挙動が重要になる。

7.3 反応性(空気・水分との相互作用)

  • リチウム金属は水分や酸素と反応しやすく、表面で酸化物・水酸化物・炭酸塩などを形成し得る。
  • この反応性は、電池の界面反応(SEI形成)と同型の“表面が自己組織化して反応を制御する”現象として見ることもできる。

7.4 熱物性・力学・輸送

項目値(代表値)備考
融点180.5 ℃参考値(測定条件で差が出得る)
沸点1342 ℃同上
密度0.534 g cm320 ℃付近の代表値として扱われることが多い
  • 補足
    • 軽さは利点である一方、熱・反応性・表面状態が機能を左右しやすい点が特徴である。
    • 電池材料では、熱輸送・熱膨張・熱暴走の議論が安全性に直結し、熱物性は“周辺情報”ではなく中核設計変数になる。

7.5 電気化学(電位と副反応の関係)

  • リチウムの電位は高エネルギー密度の源泉であるが、同時に電解液や界面の安定性を厳しく要求する。
  • したがって電池の研究では、電位窓、電解液設計、界面層の形成・成長・修復を、材料の一部として扱う整理が有効である。

7.6 イオン拡散と固体電解質

  • 固体中の Li+ 拡散は、空孔、間隙サイト、欠陥クラスター、粒界、アモルファス相などに強く依存する。
  • 固体電解質では、イオン伝導率 σion が重要指標となり、温度依存はしばしばアレニウス型で近似される。σion(T)=σ0exp(EakBT)
  • ただし、相変態や界面抵抗が支配的な場合、単純な活性化過程だけでは説明できず、結晶学と界面科学の統合が必要になる。

7.7 合金・化合物(Al–Li、ガラス、セラミックス)

  • Al–Li合金は軽量化材料として航空宇宙などで議論され、Li添加が弾性率や析出相、強度特性に影響する。
  • ガラス・セラミックスではLi添加が融点・粘性・熱膨張・結晶化挙動を変え、プロセス性と物性を同時に動かす設計要素となる。

7.8 同位体と分光(6Li/7Li

  • 7Li NMRは材料内部の局所環境や動的挙動の評価に有効であり、電池材料研究で重要な手段である。
  • 同位体比は核分野や基礎科学でも議論され、同じ元素が異分野で異なる“見え方”を持つ例になっている。

8. 研究としての面白味

  • 電気化学と固体物理の結合

    • 電位、拡散、相変態、界面反応が同時に立ち上がるため、単一分野の語彙だけでは説明しきれない現象が多い。
    • そのため、計測(分光・回折・顕微)と計算(DFT、MD、相場・拡散モデル)を往復する研究設計が成立しやすい。
  • 界面層(SEI/CEI)という“材料が自ら作る膜”

    • 電池では界面層が不可避に形成され、これが反応を抑制しつつイオンは通すという選択性を担う。
    • 薄膜工学・腐食科学・電気化学が同じ話題として接続する点が学術的に魅力である。
  • 資源・循環・制度が材料機能を縛る

    • リチウムは、鉱石・塩湖、精製、製造、回収までが一体の最適化問題として現れやすい。
    • そのため、一次資料(USGS、IEA、各国政策文書)を読み、材料研究の制約条件を定量的に把握する学びが得られる。

9. 応用例

9.1 材料設計の軸

  • 蓄電池:エネルギー密度、安全性、寿命、低温・高温特性
    • 正極・負極・電解液・界面の同時最適化が必要であり、Liは反応の中心として全体設計に現れる。
  • 固体電解質:イオン伝導率、界面抵抗、化学安定性、加工性
    • 結晶構造と欠陥設計が支配因子となり、粒界・界面が性能を左右しやすい。
  • 軽量合金:比強度、靱性、析出制御、耐食
    • Li添加は材料定数を動かすが、相平衡と微細組織制御が不可欠である。
  • ガラス・セラミックス:粘性・融点・熱膨張・結晶化
    • Liはプロセスと物性を同時に動かすため、製造条件と性能の相関が強い。

9.2 具体例

  • リチウムイオン電池:EV、定置蓄電、携帯機器
  • 固体電解質・全固体電池:高安全化・高温域動作の候補(研究開発が活発)
  • ガラス・セラミックス:耐熱ガラス、電子材料、釉薬など(Li化合物がプロセス性を調整)
  • 潤滑剤:リチウムグリース(耐熱・耐水性の観点で利用されることがある)
  • 医薬:炭酸リチウム等(化学物質としての用途。医療用途は専門家の指示が前提である)

10. 地政学・政策・規制

  • 重要鉱物としての位置づけ

    • リチウムは蓄電池と結びつき、重要鉱物として供給網の強靱化が各国で議論されやすい。
    • 日本語の公的資料でも、蓄電池の製造基盤や供給網強化が扱われており、材料研究と産業政策が接続している。
  • 精製・中流工程の重要性

    • 採掘(上流)だけでなく、精製・材料化(中流)が供給制約になりやすい。これは“資源量があるのに材料が足りない”状況を生み得る。
  • 回収・安全・廃棄の制度

    • 回収制度や安全基準、輸送規制は、リチウム系電池の社会実装に直結する。
    • 研究開発としても、回収・分解・再資源化の技術は、資源制約と安全性の両面から重要性が増している。

まとめと展望

リチウム(Li)は、最も軽い金属としての物性と、Li+ の高い移動性・強い還元性により、蓄電池を中心とした現代材料の中核を担う元素である。今後は、需要増大に対応した供給網の多様化(鉱石・塩湖・新規源)、精製・材料化の高度化、リサイクルの実装が同時に進み、リチウム材料は「性能」だけでなく「循環と安全を含む設計可能性」で評価される局面が拡大すると見込まれる。

参考文献

その他参考にしたsources