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VNAによる複素透磁率測定

VNA(ベクトルネットワークアナライザ)は、Sパラメータの振幅と位相を周波数掃引で取得し、材料中の電磁波の反射と透過から複素透磁率 μr(f) を推定できる装置である。測定は治具(同軸線路・導波管・アンテナ系・共振器)と解析モデルに強く依存し、試料寸法・基準面設定・高次モード抑制が測定の成否を決める。

0. 記号と前提

本稿では、角周波数 ω=2πf、虚数単位 j=1 を用いる。時間依存を e+jωt とする慣習では、損失を含む比透磁率は μr(ω)=μr(ω)jμr(ω) と表され、μr>0 が損失(エネルギー散逸)に対応する。

VNAのSパラメータは参照インピーダンス(多くは 50 Ω)に対する入出力波の比として定義される。材料定数推定では、試料を挿入した区間を単一モードの伝送路として扱えること、端面反射と内部伝搬がモデル化できることが前提になる。

1. 複素透磁率の物理的意味

比透磁率 μr=1+χ は、磁化 M の線形応答(複素磁化率 χ)を含む量である。軟磁性体では、低周波側で磁壁運動と回転磁化の寄与が混在し、周波数上昇とともに緩和・共鳴・渦電流遮蔽の影響で μr が減少し μr が増減する。

損失の指標として tanδμ=μr/μr を用いることが多いが、e±jωt の取り方で符号が入れ替わるため、報告では時間依存の約束も明記する必要がある。さらに、導電性材料では複素誘電率が εr=εrjεr に加えて導電率 σ の項を含み、εrσ/(ωε0) が支配的になり得るため、μr の推定に εr を同時に扱う場面が増える。

2. VNA測定で得られる量と材料定数推定の関係

VNAは2ポート測定で S11,S21,S12,S22 を複素数として取得できる。材料定数推定は、試料挿入区間の反射係数 Γ と伝搬因子 P=eγdγ=α+jβd は試料長)を推定し、そこから μr,εr を逆算する流れになる。

この逆算は一意ではなく、分岐(複素対数の枝選択)や低損失・厚肉試料での不連続、空隙(エアギャップ)による系統誤差が現れやすい。したがって、VNA本体の性能だけでなく、基準面(キャリブレーションプレーン)を試料端面に一致させる校正設計と、単一モード条件を満たす治具設計が不可欠である。

3. 測定方式の分類

VNAを用いた μr 測定は、反射・透過法、共振法、自由空間法に大別できる。いずれもSパラメータを入力として材料定数を得るが、測定の支配要因が異なるため、試料形状と周波数帯から方式選択を行うことになる。

反射・透過法は、同軸線路や導波管に試料を充填し、伝送路としての反射・透過を使って μr,εr を連続周波数で得る。共振法は、共振器の共振周波数シフトとQ値変化から μ,μ を離散点で求め、自由空間法はアンテナ間伝搬を使い大型平板試料などに適用する。

4. 反射・透過法の基本モデル

試料を挿入した伝送路が単一モードで、入出力側が同一特性インピーダンスで整合していると仮定すると、端面反射 Γ と内部伝搬 P=eγd により

S11=Γ1P21Γ2P2,S21=P1Γ21Γ2P2

の形で表される。実際の治具では端面のわずかな段差やコネクタ遷移が残るため、この式が成立するように基準面移動やデエンベッドを行うことが重要になる。

上式を用いると、測定された S11,S21 から ΓP(ひいては γ)を求められるが、平方根と対数に由来する複数解が現れる。そこで、受動系の条件(例:|Γ|1、損失媒質で α0)や連続性(周波数に対して滑らかに変化する)を使って解を選ぶ。

5. NRW法とNIST系アルゴリズム

NRW(Nicholson–Ross–Weir)法は、反射・透過係数から εr,μr を計算する代表的手法である。NRWではまず

X=1S212+S1122S11,Γ=X±X21

として端面反射係数を得て、受動条件を満たす枝を選ぶ。

次に S11Γ から

P2=S11ΓΓ(S11Γ1)

を求め、P=±P2 の符号と位相枝を S21 の情報と連続性で決める。最後に

γ=1dlnP

により伝搬定数を得るが、ln の枝選択により 2π/d ずつ β が飛ぶため、位相アンラップと枝の整合が実装上の主要課題になる。

NRWは実装が比較的簡潔である一方、低損失かつ試料厚が 1/2 波長を超える領域で不連続や解の不安定性が現れやすいことが知られている。これに対し、NIST系の反射・透過アルゴリズムは数値最適化や誤差モデルを組み込み、特定条件での安定性改善を狙う流れとして位置づけられる。

6. 同軸線路法

6.1 TEMモードと適用条件

同軸線路のTEMモードでは、媒質中の有効屈折率とインピーダンスが μr,εr により決まるため、反射・透過モデルと整合しやすい。測定周波数の上限は、同軸径と誘電体充填状態により高次モードが励起されない範囲で決まり、治具選定はこの制約に従う。

同軸線路法は、粉末充填コンポジット、フェライト、磁性吸収材など幅広い材料に使われるが、試料外径・内径・長さの加工精度が支配的になる。端面が斜めであったり、内導体との同心度が崩れると、見かけの反射が増え、μr 推定が大きく歪む。

6.2 試料形状

同軸治具で一般的なのは、同軸断面を完全に満たすリング(スリーブ)状試料である。リング試料は内導体と外導体に密着させる必要があり、内径側・外径側の空隙は系統的に μr を低下させる方向に働きやすい。

粉末材料や脆性材料では、樹脂などで成形した環状試料を用いることが多いが、このとき磁性粉末とバインダの体積分率が有効媒質として μr に反映される。したがって、材料固有の μr を得たいのか、成形体としての有効 μr を得たいのかを測定目的として分けて記述する必要がある。

6.3 手順

同軸治具を用いる場合、まず治具の接続面(コネクタ面)で2ポート校正を行い、その後に試料端面へ基準面を移す(ポートエクステンションやデエンベッドを含む)設計を行う。次に、試料を規定トルクで固定し、再現性のため締結条件と治具姿勢を固定して測定する。

測定後は、時間領域変換(Time Domain)を用いて不要反射(コネクタ遷移や外乱反射)を分離し、必要に応じてゲーティングで影響を減らす。ゲーティングは自由空間法で特に重要であるが、同軸でも多重反射が強い場合に有効なことがある。

7. 導波管充填法

7.1 モードとカットオフ

矩形導波管では基本モードTE10 がよく用いられ、周波数帯は導波管規格ごとに帯域制限される。導波管はモードが明確であるため、適切な周波数帯では安定した測定ができる一方、試料端面での段差や充填不完全がモード変換を誘発すると、単純な反射・透過モデルが崩れる。

導波管の伝搬定数は、自由空間波数 k0=ωμ0ε0 とカットオフ波数 kc を用いて

β=ω2μεkc2

で与えられる。媒質の μr,εr が変わると β が変化するため、同軸と同様に P=eγd を推定し γ を得る。

7.2 試料加工と固定

導波管充填法では、導波管断面を満たすように試料を加工する必要があり、角部の欠けや隙間が誤差源となる。金属粉末系や脆性材料では、導波管断面に合わせた治具・ホルダで加圧固定し、隙間を最小化する工夫が必要である。

また、導波管では試料長 d の取り方が感度と安定性の両方に影響する。短すぎると位相変化が小さく γ 推定が不安定になり、長すぎると多重反射と分岐問題が顕在化しやすくなる。

7.3 μr,εr への変換

TEモードでは波動インピーダンスが

ZTE=ωμβ

で与えられ、端面反射 Γ から

ZTEZTE0=1+Γ1Γ

として規格化インピーダンスを得られる。ここで ZTE0 は同一導波管の空(空気)状態のインピーダンスであり、β0=k02kc2 を用いて ZTE0=ωμ0/β0 である。

この関係と β2=ω2μεkc2 を組み合わせると、μrεr を分離して求められる。実際には、測定ノイズ・隙間・高次モードの影響が混入するため、周波数帯域内でも端部に近い領域では不確かさが増えることを前提にデータを解釈する。

8. 自由空間法

自由空間法は、ホーンアンテナなどで形成した準平面波を試料に入射し、反射・透過の複素Sパラメータから複素透磁率 μr(f)(必要に応じて複素誘電率 εr(f))を推定する方式である。導波管や同軸のように試料を物理的に導波構造へ充填しないため、大面積平板や高温試料、複合材・ハニカム材など、治具加工が難しい対象にも適用できる。

自由空間法は、平面波仮定、入射角、偏波、ビーム形状、試料サイズが解析モデルに直結するため、測定系の幾何と校正・時間領域処理が支配的になる。アンテナ間の多重反射や試料端での回折散乱が測定値に重畳するので、時間領域ゲーティングやGRLなどの自由空間校正が頻繁に併用される。

8.1 測定配置

自由空間法の配置は、透過配置(送受アンテナで試料を挟む)と反射配置(同一側で反射を観測)に分かれる。透過配置は S21(透過)と S11(反射)を同時に使えるので、試料厚みと位相情報を用いた μr,εr の同時推定に向くが、試料背面の反射やアンテナ間多重反射の影響を受けやすい。

反射配置は表面反射特性(反射率、反射位相)に集中できるため、厚肉や強損失で透過が小さい材料、金属基材上の吸収層などに向く。反射配置では、参照面(校正面)と試料表面位置の一致が重要であり、位置ずれが位相誤差を通じて材料定数推定に増幅される。

8.2 平面波モデルと材料定数の関係

自由空間法の解析は、基本として平面波が厚み d の一様スラブに正入射するモデルに帰着できる。媒質の固有インピーダンスを

η=με=η0μrεr,η0=μ0ε0

とすると、空気(媒質1)と試料(媒質2)の界面反射係数は

r=ηη0η+η0

で与えられる。

試料内部の伝搬定数は

γ=α+jβ=jωμε=jk0μrεr

であり、スラブ内の多重反射を含めた透過係数は伝送線路の式と同型になる。例えば、両側が空気で対称、正入射として、内部伝搬因子 P=eγd を用いると、反射・透過の複素係数は

S11r1P21r2P2,S21P1r21r2P2

の形で記述でき、測定Sパラメータから rP を推定し μr,εr を逆算する流れになる。実際にはアンテナ近傍界や有限ビームの影響が残るため、平面波モデルに近づける幾何設計と、校正・ゲーティングでの外乱分離が不可欠である。

8.3 幾何条件と回折散乱

自由空間法では、アンテナ間距離、アンテナ開口、試料サイズが結果を大きく左右する。遠方界条件の目安として、開口径 D のアンテナに対して R2D2/λ を満たす距離で平面波近似が改善するが、実験空間や周波数帯によっては近傍界成分が残り得る。

試料サイズがビーム径に対して小さいと、端部での回折散乱が増え、透過・反射の振幅と位相に周波数依存のリップルが生じる。有限サイズ誤差は、同一試料でも配置やアンテナ位置の微小なずれで大きく変化するので、機械的な固定再現性の確保と、時間領域での不要成分分離が測定の再現性に直結する。

8.4 時間領域ゲーティング

時間領域ゲーティングは、周波数領域で測った S(f) を逆フーリエ変換して s(t) を得て、所望の反射・透過イベントのみを時間窓で抽出し、再びフーリエ変換してゲート後の S(f) を得る手法である。アンテナ間の多重反射や試料とアンテナの往復反射は到来時間が異なるため、時間窓で分離できる場合がある。

時間分解能は周波数スパン B によっておおよそ Δt1/B で決まるため、狭帯域測定では分離できるイベント数が減る。時間窓を狭くすると周波数領域での畳み込み(リップル)が増えるため、窓関数の選択とゲート幅の設計は、時間分離と周波数平滑性の両立問題になる。

8.5 自由空間校正

自由空間法の校正には、TRL、TRM、GRLなど複数の体系がある。自由空間では治具標準器の実体が同軸・導波管ほど明確でないため、参照反射体(導体板)や既知の距離変化(ライン)を組み合わせて、測定系の系統誤差を補正する手続きが用いられる。

GRL(Gated Reflect Line)は、時間領域ゲーティングと参照反射体・距離標準を組み合わせて自由空間のフル2ポート校正へ拡張する考え方として説明されることが多い。商用ソフトウェアでは、同軸・導波管の2ポート校正で確立した誤差補正の枠組みを、自由空間系の校正へ変換する機能として提供され、時間領域オプションを要する実装がある。

8.6 推定の安定性と枝選択

透過・反射から γ=ln(P)/d を求める型の推定では、複素対数の枝により位相が 2π ごとに不定になり、β2πn/d だけずれる可能性がある。周波数に対する連続性と受動条件(損失媒質で α0 など)を用いて枝選択を行うが、低損失で厚みが大きい場合や、近傍界・回折が残る場合には不連続が現れやすい。

自由空間法では、試料厚みの誤差が P=eγd を通じて直接 γ 推定へ入るため、厚み測定の不確かさがそのまま材料定数へ移る。薄板で厚みの定義が曖昧な材料(繊維材、粗い表面、含浸材)では、厚みの定義と測定方法を材料報告の一部として厳密に扱う必要がある。

8.7 測定が反射優勢になる場合

磁性材料や導電性材料では、皮相効果や導電損失により透過が極端に小さくなることがある。透過がノイズフロアに近づくと S21 の位相情報が不安定になり、透過を用いた γ 推定が破綻しやすいので、反射中心の推定(表面反射・表面インピーダンス近似)へ切り替える判断が必要になる。

反射中心の評価では、試料背面の影響を除くために十分厚い試料を用いるか、背面を整合終端に近づける設計が求められる。表面反射を材料物性へ変換する際は、表面インピーダンスと μr,σ の関係(導電体近似など)を前提にするので、適用条件を明示した上で解釈する必要がある。

9. 共振法

共振法は、共振器の共振周波数 fr と品質係数 Q が媒質定数と損失により決まることを用い、試料挿入による fr の変化 ΔfrQ の変化 Δ(1/Q) から μrεr を推定する方式である。VNAでは S21S11 の周波数応答として共振ピーク(あるいはディップ)を測定し、ピーク位置と線幅、位相回転から共振パラメータを推定する。

共振法は、反射・透過法に比べて損失が非常に小さい材料の評価に強く、極小の損失正接の差をQの変化として検出できる。一方で、共振周波数近傍の離散点情報であり、広帯域の周波数分散を一度に得る用途には向かない。

9.1 共振器法と摂動法

共振法には、試料が共振器の一部を構成する共振器法と、共振器に小試料を挿入して摂動として扱う摂動法がある。共振器法は、試料形状を共振器の幾何に取り込むことで解析しやすくする一方、試料加工と固定が共振条件に直結する。

摂動法は、試料が小さく、挿入前後で共振器内の電磁界分布がほとんど変わらないという前提で成立する。試料寸法が大きい、あるいは μr,εr が大きく損失も大きい場合には前提が崩れ、式の適用範囲外になりやすいので、摂動条件の確認が重要である。

9.2 摂動理論による周波数シフト

摂動理論では、無試料の共振角周波数を ω0、試料挿入後を ω とすると、材料摂動による一次近似は

ωω0ω012Vs(Δε|E0|2+Δμ|H0|2)dVVc(ε|E0|2+μ|H0|2)dV

で表される。ここで Vs は試料体積、Vc は共振器体積、E0,H0 は無試料の場、Δε=εsεΔμ=μsμ である。

この式は、試料を電場極大位置へ置けば Δε 項が支配的になり、磁場極大位置へ置けば Δμ 項が支配的になるという設計指針を与える。したがって、εrμr の分離が必要な場合には、モードと配置を選び、電場寄与と磁場寄与のどちらが優勢かを担保して推定を行う。

9.3 Q値変化と損失成分

共振器のQ値は、1周期あたりの損失エネルギーと蓄積エネルギーの比で定義される。角周波数 ω、蓄積エネルギー W、平均損失電力 Ploss に対して

Q=ωWPloss

であり、試料挿入による損失増加は 1/Q の増加として現れる。

損失が主に材料の虚部(εμ)に由来する場合、摂動理論の枠組みで

Δ(1Q)Vs(ωε|E0|2+ωμ|H0|2)dVωW

の形に整理でき、配置(電場極大か磁場極大か)により、どちらの虚部に主に感度があるかが決まる。導電性が高い試料では、電場によるジュール損失が支配しやすく、磁性体であっても μ のみで損失を説明できない場合がある。

9.4 VNAでの共振パラメータ推定

VNAでは共振器を2ポートで弱結合させ、S21 のピーク形状から負荷Q(loaded Q) QL を推定する方法が広く用いられる。最も単純には3 dB帯域幅 Δf3dB を用いて

QLfrΔf3dB

と見積もれるが、高Qでは測定点密度、IF帯域、位相ノイズの影響が無視できなくなる。

より安定な推定には、複素Sパラメータの共振円(resonance circle)へのフィットや、複素周波数応答のモデルフィットが用いられる。結合の強さを含めて内部Q(unloaded Q) Q0 を求める場合、結合損失と内部損失が

1QL=1Q0+1Qe1+1Qe2

のように加法的に寄与することを前提に、カップリング係数を評価して Q0 を分離する必要がある。

9.5 共振器の種類と適用範囲

共振器の形態として、矩形空洞、円筒空洞、同軸共振器、誘電体共振器、スプリットシリンダ共振器、スプリットポスト誘電体共振器などが使われる。薄板基板や低損失シート材料にはスプリット形の共振器が用いられ、非破壊で εtanδ を高分解能で評価できる。

磁性材料の μr を狙う場合は、磁場が強く電場が弱い位置に試料を配置できるモード設計が重要である。例えばTE系モードでは磁場分布を利用して磁性試料への感度を高める設計が取り得るが、試料の導電率が高いと電場由来の損失も増え、純粋な μ 感度にならない点に注意が要る。

9.6 摂動条件と適用限界

摂動法の一次近似は、試料挿入前後で電磁界分布がほとんど変わらないことを暗黙に要求する。試料体積が大きい、比誘電率や比透磁率が大きい、損失が大きい場合には、共振器内の場が再配分され、一次摂動式の分母・分子に入れた無試料場 E0,H0 では誤差が増える。

この限界を避けるために、試料を十分小さくする、配置を厳密に再現する、あるいは複数モード・複数配置で独立な情報を増やして整合性を確認する方法が採られる。近年は、共振周波数を μr,εr の関数として数値電磁界解析で予め曲線群化し、測定値が交わる点から物性を読むような逆解析の考え方も併用される。

9.7 テンソル透磁率と円偏波分解

磁性体が外部磁場下でジャイロトロピックになる場合、透磁率はテンソルとなり、右回り・左回りの円偏波に対する応答が分離できる。円偏波分解を導入すると、共振周波数とQ値の変化から、通常の共振法より多い独立情報を得られ、複素透磁率テンソルの推定へ拡張できる。

この方向は、スピン波・磁気共鳴を含む高周波磁性の評価や、メタサーフェス・センサ応用の材料評価と親和性が高い。装置面では、モード純度や偏波制御、磁場印加の安定化が要求され、共振器設計と測定解析の一体化が重要になる。

9.8 共振法が有利になる材料条件

共振法は、損失が非常に小さい材料で、反射・透過法では分解できない微小な tanδ や微小な虚部を検出できる点で有利である。薄膜や基板材料など、連続周波数分散が小さいとみなせる領域では、離散周波数での高精度評価が材料仕様に直結しやすい。

一方で、強い周波数分散や広帯域にわたる損失構造(緩和・共鳴)が本質である材料では、共振法のみで全体像を得ることは難しい。広帯域の反射・透過法や自由空間法と組み合わせ、共振法を基準点の高精度測定として位置づける構成が有効になる場合がある。

10. 校正と基準面

10.1 エラーの分解

VNA測定の不確かさは、ドリフト、ランダム、システマティックに分けて議論できる。システマティック成分は校正で大きく抑えられるが、ドリフトとランダムは最小化しかできないため、環境安定化と再現測定が重要になる。

材料定数推定では、Sパラメータの微小差が ΓlnP を通じて増幅されることが多い。したがって、一般の回路測定以上に基準面の定義と校正アルゴリズムの選択が結果に直結する。

10.2 校正アルゴリズム

同軸ではSOLT(Short-Open-Load-Thru)が広く使われ、導波管では複数のショート長を使う方式が用いられることが多い。校正は測定系の不整合、方向性(directivity)、周波数応答などを補正し、測定対象(治具や試料)に起因する応答を抽出する手続きである。

材料測定では、治具端面で校正しても試料端面が基準面にならないことが多いため、ポートエクステンションやデエンベッドで試料端面へ基準面を移す。自由空間法ではさらに、金属板反射を使った時間領域処理と組み合わせて、アンテナ間の残留反射や端面回折の影響を抑える工夫が使われる。

11. 分岐問題と厚み条件

反射・透過法では、P=eγd から γ=ln(P)/d を得る際に、複素対数の枝により β2πn/d の不定性が生じる。位相の連続性を保つアンラップ処理は必須であり、試料の周波数分散が強い場合ほど枝選択の誤りが起こりやすい。

低損失試料で厚みが 1/2 波長を超える領域では、NRW系の計算が不連続になり得ることが知られている。実験設計では、周波数帯に対して d を選び、必要なら複数厚みの試料で整合性を確認することで、分岐に由来する人工的なジャンプを識別しやすくなる。

12. 空隙と高次モード

同軸・導波管のどちらでも、試料と治具の間の空隙は有効媒質として振る舞い、推定された μr を系統的に低下させやすい。空隙は端面反射を増大させるだけでなく、局所的なモード変換や多重反射を強め、S21 の位相にも影響する。

高次モードの励起やモード変換が起きると、単一モード仮定に基づく逆算が破綻する。そこで、治具の使用帯域を守り、試料端面の平行度・直角度・表面粗さを管理し、治具の遷移部(コネクタ、段差)を時間領域で評価して、必要ならゲーティングや構造変更で抑制する。

13. 測定条件の記述

VNA測定は小信号測定であり、得られる透磁率は動作点周りの微分透磁率(インクリメンタル透磁率)として解釈されることが多い。したがって、入力電力、平均化、IF帯域、掃引点数などの測定条件は、材料の非線形性やノイズ低減と不可分である。

磁性体は直流バイアスで μr が変わるため、必要に応じてバイアス磁界を印加し、バイアス値と印加方向を明記する。温度依存も大きい場合があるため、温調環境で測定する場合は温度安定化時間と温度揺らぎも記述する。

14. 方式間の比較

方式周波数の扱い試料形状主な利点主な制約
同軸線路法連続リング、スリーブ、成形体TEMで扱いやすく広帯域化しやすい空隙と同心度に敏感、高次モード制約
導波管充填法連続(導波管帯域内)導波管断面を満たす加工体モードが明確、規格化しやすい帯域制限、加工精度と端面段差に敏感
自由空間法連続大型平板、特殊環境材料非接触、治具加工が不要になり得る回折・多重反射、試料サイズ要求が大きい
共振法離散小片、薄片など高感度、位相絶対値に依存しにくい場合がある離散点評価、寄与分離に配置工夫が必要

この表は方式の性格を整理するためのものであり、実際の適用可否は周波数帯・試料損失・加工可能性・必要精度で決まる。とくに磁性金属材料では渦電流損失が強く、反射が支配的になりやすいため、試料厚みと周波数の組合せが方式選択の中心になる。

15. 参考ドキュメント

  1. 日本磁気学会誌 特集号 複素透磁率の測定(Sパラメータ法を含む)
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jmsjmag/45/11/45_883/_pdf/-char/ja

  2. Keysight 85071E Materials Measurement Software Technical Overview(NRW、NIST Precision、自由空間校正GRLなどの機能説明)
    https://www.keysight.com/us/en/assets/7018-01155/technical-overviews/5988-9472.pdf

  3. NIST Technical Note 1355-r Transmission/Reflection and Short-Circuit Line Methods for Measuring Permittivity and Permeability
    https://nvlpubs.nist.gov/nistpubs/Legacy/TN/nbstechnicalnote1355r.pdf

16. その他参考にしたsources

17. まとめと展望

VNAによる複素透磁率測定は、反射・透過モデル(同軸・導波管)、自由空間法、共振法という複数の選択肢を持ち、試料形状と周波数帯に応じて最適解が変わる。とくに反射・透過法では、基準面を試料端面に一致させる校正設計、空隙抑制、分岐処理の3点が μr(f) の信頼性を左右する。

今後は、時間領域処理と不確かさ評価の高度化により、治具遷移や多重反射の影響を定量的に分離した μr(f) の提示が一般化すると考えられる。加えて、異方性材料やメタマテリアルのようにテンソル透磁率が本質的な系では、導波管モード設計や多ポート化と組み合わせた推定法が重要になり、測定と逆問題の統合が研究課題として残る。