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光電子顕微鏡(PEEM)の原理

放射光光電子顕微鏡(PEEM)は、光励起で放出された電子を電子光学系で結像し、表面の電子状態・化学状態・磁性を二次元像として読む手法である。放射光と組み合わせることで、光子エネルギーと偏光を制御し、元素選択・状態選択の顕微分光へ拡張できる。

参考ドキュメント

  1. J. Stöhr, Y. Wu, B. Hermsmeier, et al., X-ray spectro-microscopy of complex materials and surfaces, IBM Journal of Research and Development 44, 535 (2000).(PDF)
    https://www-ssrl.slac.stanford.edu/stohr/ibm-44-535-00.pdf

  2. A. Locatelli, Advancements in X-ray photoemission electron microscopy(2025, 総説)
    https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/23746149.2025.2549757

  3. X線光電子顕微鏡法(XPEEM)(日本語解説, PDF)
    https://www.sasj.jp/JSA/CONTENTS/vol.9_1/Vol.9 No.1/Vol.9 No.1 109-113.pdf

1. 用語

  • PEEM Photoemission Electron Microscopy。光励起(紫外〜X線)で放出された電子を電子レンズで結像し、表面の電子放出強度を二次元像として観察する顕微鏡である。

  • XPEEM X-ray PEEM。X線(主に放射光)を励起源に用いるPEEMである。吸収端近傍で元素選択性が得られ、XAS像や二色性像へ拡張できる。

  • UV-PEEM 紫外光励起PEEM。UVランプやレーザーを用いて価電子帯・仕事関数近傍の電子放出を観察する。表面電位・仕事関数・バンド端などに敏感である。

  • 閾値PEEM(threshold PEEM) 仕事関数しきい値近傍の低運動エネルギー電子を主に用いて結像し、局所仕事関数や表面電位差(電荷・分極・帯電)を強調して可視化する測定である。

  • エネルギーフィルター付きPEEM(EF-PEEM) エネルギー分析器(例:全視野エネルギーフィルター、リターディング方式など)で電子の運動エネルギーを選別し、特定準位の光電子・オージェ電子・狭い二次電子窓で像を作る。化学状態マッピングやバンド情報に接続できる。

  • XAS-PEEM X-ray Absorption Spectroscopy PEEM。光子エネルギーを吸収端付近で掃引し、画素ごとの電子収量スペクトルからXASを得る。元素選択の化学状態マッピングに用いられる。

  • XMCD-PEEM X-ray Magnetic Circular Dichroism PEEM。右・左円偏光で得た像の差分(または非対称度)から、元素選択の強磁性(磁化射影)磁区像を得る。

  • XMLD-PEEM X-ray Magnetic Linear Dichroism PEEM。互いに直交する直線偏光(または偏光方向の回転)で得た像の差分から、軸的スピン配列に由来する磁気直線二色性コントラストを得る。反強磁性のネール軸やスピン軸配向の観察に用いられる。

  • SPELEEM Spectroscopic PhotoEmission and Low Energy Electron Microscopy。PEEM(光電子顕微鏡)とLEEM(低エネルギー電子顕微鏡)を統合し、さらにエネルギー分析による分光(XPS/UPS/ARPES様の情報、回折・反射など)を同一装置で扱える複合装置である。

2. 光電子放出の物理

PEEMの信号は、光子照射による電子放出(一次過程)と、固体内での散乱・緩和に伴う二次電子カスケード(二次過程)を経て試料表面から脱出した電子を検出することで得られる。放射光PEEMでは、(i) 価電子帯の光電子、(ii) 内殻準位の光電子、(iii) 吸収後のオージェ電子、(iv) 低運動エネルギー側に多数生成される二次電子のいずれも信号源となり得る。実際のイメージングでは二次電子を主に用いる構成が多く、特にXAS-PEEMや二色性PEEMでは、吸収に比例して増減する二次電子収量を利用する。

内殻光電子の運動エネルギーは光電子分光の基本式で与えられる。

Ekin=hνEbinϕ

ここで hν は光子エネルギー、Ebin は束縛エネルギー、ϕ は仕事関数である。二次電子は散乱過程で連続的なエネルギー分布を持つため、非エネルギー選別PEEMでは「総電子収量像」に近い量が得られる。一方、エネルギー選別を導入すると、特定準位の光電子や狭いエネルギー窓の二次電子のみで像を作り、化学状態やバンド構造に結びついた像へ分解できる。

電子の脱出深さは一般に数nm程度であり、PEEMは強い表面敏感性を持つ。この表面敏感性は、薄膜・界面・表面反応の研究に適する一方、酸化・吸着・汚染・帯電の影響を受けやすいことを意味する。

3. 電子光学による結像

投影型PEEMでは、試料表面を「電子源」とみなし、試料近傍の強電場で電子を引き出し・加速し、電子レンズで拡大して像面に結像する。重要な構成要素は以下である。

  • 試料近傍の加速場(浸漬レンズ、cathode lens)
  • 対物レンズ相当の静電レンズ
  • 中間・投影レンズ群
  • 開口(角度制限、収差抑制、コントラスト調整)
  • 検出器(MCP、蛍光スクリーン、CCD/CMOS)

試料に負の高電圧(数kV〜数十kV)を印加し、放出電子を数十keV級まで加速して電子光学系へ導く設計が広く用いられる。加速により電子の波長が短くなり、レンズ系の取り回しが容易になり、空間分解能の基盤が整う。ただし、PEEMの分解能は単純に電子の波長だけで決まらず、以下が支配的となる。

  • 色収差:初期エネルギー分布(ΔE)があると焦点位置がずれ、像がぼける
  • 球面収差:開口角が大きいと周辺光線が過剰に収束し、像がぼける
  • 空間電荷:高強度照射で多数電子が同時に放出されるとクーロン反発でエネルギー・角度が広がる
  • 試料表面電位の不均一:帯電・局所電場・表面段差が電子軌道を曲げ、像歪みやコントラスト変調を生む

放射光PEEMでは、ビームのフラックス、パルス構造、集光サイズ、試料の仕事関数や二次電子生成効率に応じて空間電荷が顕在化する。時間分解や高輝度条件ほど問題が増幅されるため、照射条件と開口条件を含む光学設計が測定成立条件となる。

4. コントラストの起源

PEEM像の各画素強度 I(x,y) は、放出電子数と電子光学透過(開口・収差・検出効率)で決まる。コントラストは大別して次の寄与が混在する。

4.1 仕事関数・表面電位コントラスト

閾値近傍(しきい値)で光電子放出は仕事関数 ϕ に強く依存する。閾値PEEMでは、入射光子エネルギー(または電子のエネルギー窓)を仕事関数付近に置き、

I0EmaxD(E)T(E)dE

のような形で、低エネルギー電子の寄与が支配的となるため、局所的な ϕ や表面電位差が強調される。強誘電体の分極やドメイン壁の束縛電荷に伴う電位分布がPEEMで可視化されるのはこの系統に属する。

4.2 形状・電場(topography)コントラスト

表面段差・凹凸により局所電場が変化し、電子の取り出し角度分布や収束条件が変わる。これにより実際の電子放出量が同じでも像強度が変化し得る。試料調製と解析では、形状由来コントラストと電子状態由来コントラストを分離する設計が必要である。

4.3 化学状態・元素選択コントラスト(XPEEM, XAS-PEEM)

放射光の光子エネルギーを内殻吸収端付近で掃引すると、吸収係数 μ(hν) の増減に応じて二次電子収量が変化し、画素ごとにXASスペクトルを得られる。XAS-PEEMでは、像を連続エネルギーで取得し、各画素に対して

I(x,y;hν)A(x,y)μ(hν)+B(x,y)

のようにモデル化して、前縁・後縁規格化、背景除去、参照信号(I0)補正を行う。A,B は局所電子収量係数や形状・透過の効果を含む。

4.4 磁気コントラスト(二色性PEEM)

円偏光・直線偏光に対する吸収差が電子収量差へ写像され、磁区像が得られる。XMCD-PEEMは強磁性・フェリ磁性の元素選択磁区観察に有効であり、XMLD-PEEMは反強磁性や磁気異方性(スピン軸の向き)に敏感である。二色性は偏光と磁気秩序の相対配置に依存するため、測定幾何が像コントラストの符号と大きさを決める。

5. エネルギー選別と分光モード

PEEMを「顕微鏡」から「顕微分光」へ拡張する鍵がエネルギー選別である。方式は複数ある。

5.1 リターディングフィールド方式(バンドパス)

対物レンズ系に減速電場を重ね、ある運動エネルギー以上のみを透過させる。構造は比較的単純で像取得が速いが、エネルギー分解能と視野・収差の両立に制約がある。

5.2 半球型分析器を用いた全視野エネルギーフィルター(IDEAなど)

像を保ったままエネルギー分散・選別し、特定エネルギー窓の像を得る。二重半球型を組み合わせて収差補正を行う設計が提案・実装され、仕事関数マッピングやコア準位マッピングの定量性が向上している。

5.3 飛行時間(TOF)方式

パルス光源や高速ゲートと組み合わせ、到達時間からエネルギーを再構成する。時間分解計測と相性が良いが、時間同期・電子数密度・検出器の要求が厳しい。

5.4 運動量(k-space)イメージング

後焦点面(角度分布)を像として取得し、角度分解光電子分光を全視野で行う構成が発展している。これは「角度分解顕微分光」へ接続し、局所バンド構造や散乱・回折(光電子回折)と組み合わせた解析を可能にする。

6. 放射光を用いる理由

放射光PEEMは、UVランプ励起PEEMと比較して以下の自由度が増える。

  • 光子エネルギー可変による元素選択(内殻吸収端、共鳴条件)
  • 偏光制御(円偏光、直線偏光、偏光度)
  • 高輝度・高指向性による微小スポット照射と高S/N像
  • パルス構造を利用した時間分解(ストロボ・ポンププローブ)

ただし、高輝度は空間電荷と試料損傷を誘発するため、測りたい物理量に応じて光束密度を設計する必要がある。放射光ビームラインでは、アンジュレータ・位相子・モノクロメータ・集光系の選択により、偏光度、帯域幅、フォトンフラックス、入射角が決まる。磁性観察では円偏光度と高速反転能力が像品質に直結する。

7. XMCD-PEEM と XMLD-PEEM

7.1 XMCD-PEEM

円偏光のヘリシティ反転(+/)により、吸収差が生じる。PEEMでは二次電子収量として観測されるため、画素ごとに

I+(x,y), I(x,y)

を取得し、磁気コントラストは差分または非対称度で定義される。

ΔI(x,y)=I+(x,y)I(x,y),A(x,y)=I+(x,y)I(x,y)I+(x,y)+I(x,y)

A は照射強度ゆらぎや表面形状による共通因子をある程度相殺するため、磁区像として扱いやすい。XMCDは基本的に光の進行方向 k^ への磁化射影に比例し、

AMk^

の関係で理解されることが多い。よって、入射角を変える・試料を回転することで、磁化ベクトル成分の復元(ベクトル磁区像)へ拡張できる。

ナノワイヤや三次元磁性体では、透過したX線による影(shadow)に二色性が反映される「shadow XMCD-PEEM」が用いられ、三次元磁化分布の定量へ接続される。

7.2 XMLD-PEEM

直線偏光に対する吸収差(XMLD)は、反強磁性のネールベクトル方向、あるいは強磁性における磁気異方性やスピン配列の方向性に敏感である。XMLDは一般に cos2θ 型の角度依存を持ち、磁化の符号反転に対して偶であることが多い。よって、磁化反転で符号反転するXMCDとは実験設計が異なる。結晶学的線二色性(XLD)と混同しないために、温度・磁場・方位・偏光回転の制御と、非磁性参照を含む差分構成が重要となる。

8. 時間分解PEEM

放射光PEEMは、ストロボ法(周期現象を繰り返し励起し、位相を揃えて積算)で時間分解像を得る構成が確立している。磁性では、RF磁場やパルス電流でスピンダイナミクスを励起し、XMCD-PEEMで磁化歳差・渦コア運動・スピン波などを時間分解観察する。

時間分解では以下が支配因子となる。

  • 光源パルス幅とタイミングジッタ
  • ポンプ(レーザー、RF、電流)とプローブ(X線)の同期精度
  • 空間電荷による時間・エネルギー広がり
  • 1周期あたりの電子数(S/N)と積算時間

フェムト秒レーザーを用いるLaser-PEEMは、局所電子状態や電位変化を超高速で読む方向に発展しており、放射光PEEMと補完関係にある。

9. 装置構成と試料環境

9.1 真空

電子の平均自由行程確保のため、PEEMは一般にUHVを要求する。ガス雰囲気や液中観察へ拡張する研究もあるが、放射光PEEMの標準運用ではUHV設計が基本となる。ロードロック、加熱・スパッタ、蒸着、ガス導入などの表面科学機能が併設されることが多い。

9.2 試料

PEEMは表面敏感であるため、表面の清浄度が像の再現性を左右する。加えて、試料導電性が不十分だと帯電が起き、電子軌道が乱れ、像歪みや強度飽和が発生する。絶縁性試料では、薄い導電膜、低温化、低フラックス化、電子フラッド、基板設計などで緩和することがある。

9.3 磁場・温度・機械安定性

磁区観察では、外部磁場印加とその反転が必要となる。PEEMカラム近傍の磁場は電子軌道に影響するため、磁場印加方式(電磁石配置、磁気シールド、サンプルバイアスとの整合)が設計の核となる。温度可変は相転移や熱活性過程の研究に有効であるが、熱ドリフトは像の位置ずれを誘発するため、ドリフト補正と並行して運用する。

10. 測定設計とデータ処理

10.1 画像取得の組み立て

放射光PEEMでは、光子エネルギー、偏光状態、外場状態を切り替えながら画像を取得する。二色性像を得る場合、次のような「交互取得」を行い、時間ドリフトや光束変動の影響を抑える。

  • ヘリシティ反転:I+I を短い間隔で交互に取得
  • 磁化反転:MM を用いて差分の対称性で系統誤差を抑制
  • 偏光回転:直線偏光方向を回し、XLD成分とXMLD成分の識別を補強

10.2 正規化と位置合わせ

  • 参照信号 I0(hν) による光束補正
  • 画像の平坦化(フラットフィールド補正)
  • ドリフト補正(相互相関による画像レジストレーション)
  • 異常画素・放電イベントの除去

10.3 XAS-PEEMのスペクトル化

画素ごとに I(x,y;hν) を並べてスペクトルとし、前縁・後縁規格化を揃える。エネルギー較正は参照試料や既知吸収端位置で行う。画素スペクトルはノイズが大きいため、空間ビニングや領域平均、次元圧縮・クラスタリングによる状態分類を併用することがある。

10.4 定量で支配的になる要因

  • 二次電子収量の非線形性(飽和、自己吸収、表面状態依存)
  • エネルギー窓の選択による化学コントラストの符号反転
  • 形状・帯電による見かけの吸収変調
  • 角度依存(入射角、放出角、開口)による行列要素効果

11. 分解能と限界

PEEMで同時に追う量は、空間分解能、エネルギー分解能、時間分解能、磁気コントラスト、元素選択性であり、相互にトレードオフがある。

  • 空間分解能:電子光学収差と空間電荷が支配的であり、条件により数十nmからさらに高分解能へ到達する
  • エネルギー分解能:エネルギーフィルター方式と視野・透過率の設計で決まり、顕微分光ではS/Nとの両立が課題となる
  • 時間分解能:同期精度とパルス幅に加え、電子数密度増大に伴う空間電荷が制約となる
  • 深さ感度:脱出深さが短く、表面・界面に強く偏る

この制約は欠点であると同時に、界面磁性・表面反応・ドメイン壁の局所電子状態の可視化における選択性でもある。

12. 他手法との比較

手法得られる主情報元素選択空間分解能深さ感度特色
放射光PEEM/XPEEM電子状態・化学状態・磁区(2D像)高いnm〜表面(数nm)偏光・吸収端制御で二色性・XAS像を得る
STXM(透過型X線顕微鏡)吸収像、XAS、磁区高い〜10 nm級も可能透過厚さバルク寄り、試料形状制約
SPEM(走査型光電子顕微鏡)局所XPS/XAS高いビーム径依存表面走査でスペクトルの定量性を取りやすい
MOKE顕微鏡磁区ダイナミクス低い〜µm〜表面〜薄膜装置簡便、時間分解と相性
SEMPA表面スピン偏極中程度nm〜最表面表面磁化ベクトルに高感度、UHV要求

13. 研究例

13.1 元素選択磁区像(デバイス磁性、合金薄膜)

CoやFeの吸収端に合わせたXMCD-PEEMにより、元素ごとの磁区像、磁壁構造、ピン止めの空間分布が得られる。多元素合金では、元素ごとに交換結合や磁気異方性が異なるため、バルク磁化測定では見えない内部自由度の分解が可能となる。

13.2 反強磁性・交換結合の可視化

XMLD-PEEMは反強磁性のスピン軸配向に敏感であり、交換バイアス系や反強磁性ドメインの観察に用いられる。磁場反転に対する偶奇性がXMCDと異なるため、偏光回転・温度掃引を含む設計でXLD寄与と識別する。

13.3 強誘電体ドメイン壁の電位・電荷

閾値近傍のPEEMやXPEEMにより、ドメイン壁近傍の局所電位変化が像コントラストとして現れることがある。局所電位は電子軌道を直接変えるため、像歪みと物理信号の切り分けが重要となる。

13.4 時間分解磁気ダイナミクス

RF励起やパルス励起をストロボで積算し、渦コア運動や歳差運動を時間分解で観測する研究が進展している。放射光側のタイミング構造と試料励起の同期技術が鍵となる。

まとめと展望

放射光PEEMは、光子エネルギーと偏光を制御して電子放出を結像し、表面の化学状態・電子状態・磁性を同一装置で二次元的に読み出す計測学である。今後は、収差補正とエネルギー選別の高度化、時間分解と空間電荷抑制の両立、さらにLEEM・回折・運動量顕微分光との統合が進み、界面・ドメイン壁・ナノ磁性の機能起源を「状態密度と秩序パラメータの空間像」として結びつける方向へ拡張すると考えられる。

その他参考にしたsources