比熱測定の原理と評価式
断熱法・擬似断熱法・緩和法・AC法・DSC法を数式で記述する
比熱は温度をわずかに変化させるのに必要な熱量を与える物性であり、格子振動・電子・スピン・相転移などの自由度の寄与を直接反映する量である。比熱測定は、投入熱と温度応答の関係式を熱回路(熱容量と熱コンダクタンス)として定式化し、付加熱容量や熱漏れを同定したうえで
参考ドキュメント
- [R1] 八尾晴彦, ACカロリメトリー, 熱測定(日本熱測定学会).
- [R2] 岩佐真行, 示差走査熱量計(DSC)の原理と応用, 日本画像学会誌.
- [R3] Quantum Design, PPMS Heat Capacity Option User’s Manual(two-tauモデル).
1. 比熱と熱容量の定義
熱容量
で定義される。外部条件により定圧熱容量
と表せる。
比熱(質量比熱)
である。モル比熱(モル熱容量)
である。測定で得られるのは多くの場合「試料+支持台+接着材」の合計熱容量であるため、後述の付加熱容量補正が必須である。
2. と の関係式
固体では
が成り立つ。ここで
である。密度
となる。したがって、熱膨張が小さく圧縮されにくい固体では差が小さくなり、低温ではしばしば実験誤差より小さくなる一方、高温や相転移近傍では無視できない場合がある。
3. 熱モデルの共通形:熱回路としての比熱測定
比熱測定の多くは、試料(熱容量
が基礎式である。
4. 断熱法(Adiabatic calorimetry)
4.1 原理
断熱法は「試料から外界へ流れる熱流を限りなくゼロに近づける」ことで、投入熱がほぼすべて温度上昇に使われる状況を実現する。熱遮蔽(シールド)を真空中に多重に配置し、試料温度
4.2 評価式
理想断熱(熱漏れゼロ)では
である。現実には熱漏れが残るため、試料から外界への熱流を
したがって、断熱法の精度は
4.3 特徴
断熱法は絶対精度の高い
5. 擬似断熱法(Semi-adiabatic method)
5.1 原理
擬似断熱法は完全断熱を目指さず、弱い熱リンク
5.2 単一熱容量モデル(one-tau)
試料(プラットフォームを含む合計熱容量
加熱を止めた冷却過程(
したがって、指数緩和の時定数
である。
5.3 二重熱容量モデル(two-tau)
試料がグリース等を介してプラットフォームに取り付けられ、両者の間の熱コンダクタンスを
となる。この線形系の固有値(減衰率)
対応する時定数は
であり、実測の加熱・冷却曲線をこの二つの指数関数の重ね合わせでフィットして
5.4 付加熱容量(addenda)補正
擬似断熱法・緩和法では、支持台・温度計・ヒーター・グリース等の熱容量が測定値に含まれる。合計熱容量が
と分けられるとき、
で試料熱容量を得る。
6. 緩和法
緩和法(Relaxation calorimetry)は、擬似断熱法のうち「加熱による定常状態」と「加熱停止後の緩和」を組にして解析し、短時間で多数点の
6.1 定常状態からの の同定
一定パワー
この
6.2 温度変化が有限な場合の注意
緩和法は「測定区間で
7. ACカロリメトリー
7.1 原理
ACカロリメトリー(交流加熱法)は、試料に正弦波的な加熱を与え、その結果生じる温度振動の振幅と位相から熱容量を求める方法である。ロックイン検出により微小温度振動を高感度に抽出でき、微量試料や高圧・高磁場など熱漏れが大きい環境でも測定が成立しやすい。
7.2 単一熱容量モデルでの評価式
熱浴温度を
とし、投入パワーを
とする。熱リンク
に代入すると、交流成分について複素数表示で
となる。よって振幅と位相は
である。したがって
で求められる。あるいは
と分離回収できる。
7.3 周波数窓と測定設計
AC法では周波数により感度が変わり、
8. 示差走査熱量測定(DSC)による比熱評価
8.1 原理
DSCは、試料と参照(多くは空容器)を同じ温度プログラムで走査し、両者の熱流差を検出することで吸熱・発熱を測定する装置である。相転移や反応熱だけでなく、ベースラインとして現れる比熱成分も熱流として現れるため、較正と差分処理により
8.2 定速昇温での基本式
定速昇温
が成り立つ。したがって
である。ただし実機ではオフセットや装置定数が温度・昇温速度に依存するため、空セル測定と標準物質(サファイア等)測定を組み合わせて補正する。
8.3 3測定法による補正式の一例
測定系の定数を明示するため、同一条件で
- 空容器(参照側も空)
- 標準物質(既知
) - 試料(未知
)
を測る。各測定で得られる熱流を、 、 とすると、装置感度が同一なら比熱成分のみを抽出して
と表せる。これは熱流の比を用いて装置因子を相殺する考え方であり、実装では温度遅れ(時定数)や熱抵抗の差を考慮して追加の補正が入る場合がある。
8.4 温度変調DSC(TM-DSC, MDSC)
温度プログラムを
のように、定速昇温に正弦波変調を重畳する。熱流も同様に変調成分を含むため、ロックイン的に「可逆成分(比熱に対応)」と「不可逆成分(反応・緩和・再配列など)」を分離できる。変調成分の熱流振幅
の形で比熱が得られる(質量で割れば比熱)。分離が有効なのは、試料の緩和時間と変調周期が競合する領域であり、周波数選択が解析結果に直接影響する。
9. ドロップカロリメトリーと高温比熱
9.1 原理
ドロップカロリメトリー(Drop calorimetry)は、既知温度に予熱した試料をカロリメータへ落下投入し、放出・吸収された熱量からエンタルピー増分
として、
9.2 補正と実装の要点
落下経路や容器の熱の出入り、溶融塩などでは混合熱・反応熱が重畳しうるため、ブランク試験と複数温度点による再現性確認が不可欠である。高温域の
10. 測定データから比熱を得るための整理
10.1 単位系の整合
熱容量
(
10.2 エントロピーとエンタルピーへの積分
比熱が得られれば熱力学量は積分で求まる。基準温度
である。低温極限の外挿(例:格子の
10.3 相転移の扱い
二次相転移では
のように分離して整理するのが自然である。
11. 方法間の比較
| 方法 | 主要に測る量 | 中核となる式 | 強い点 | 制約になりやすい点 |
|---|---|---|---|---|
| 断熱法 | 絶対精度を上げやすい | 時間が長くなりやすい、装置が大きい | ||
| 擬似断熱法(熱パルス) | 断熱が完全でなくても成立 | |||
| 緩和法 | 指数緩和の | 微小試料・広温度域で点数を稼ぎやすい | 相転移近傍で単純指数から外れやすい | |
| AC法 | 温度振動の振幅と位相 | 高感度、ロックインでノイズに強い | 内部等温条件、周波数窓の設計が必要 | |
| DSC | 熱流 | 反応熱・相転移・比熱を同時に扱える | ベースライン・較正・温度遅れの影響が大きい | |
| TM-DSC | 変調熱流 | 可逆/不可逆の分離ができる | 周波数と試料緩和が結果を左右する | |
| ドロップ法 | 高温域・溶融体に適用しやすい | ブランク・反応・放射の補正が支配的 |
12. まとめと展望
比熱測定は、投入熱と温度応答を結ぶ熱回路方程式を立て、熱漏れと付加熱容量を定量化することで成立する測定である。断熱法は絶対精度に強く、擬似断熱法・緩和法は有限の熱リンクを解析で取り込むことで微小試料や外場下測定を可能にし、AC法とTM-DSCは周波数領域の情報を利用して感度や成分分離を実現する。
今後は、微細加工プラットフォームとロックイン検出の高度化によりナノスケール試料の熱容量測定がさらに一般化し、相転移や緩和の時間尺度に踏み込んだ複素比熱(周波数依存比熱)の利用が進むと考えられる。同時に、手法間で得られる
その他参考
- [S1] P. F. Sullivan and G. Seidel, Steady-State, ac-Temperature Calorimetry, Physical Review.
- [S2] 鈴木晴, 緩和型熱測定システムによる一次相転移近傍での精密熱容量測定, 熱測定(日本熱測定学会).
- [S3] TA Instruments, The Measurement of Specific Heat Capacity(DSCでの
の基本式と注意). - [S4] 温度変調型示差走査熱量計を用いた比熱測定(TM-DSCの式整理).
- [S5] R. Razouk ら, drop calorimetry による固体比熱・エンタルピー増分測定の議論.
- [S6] A. C. Strzelecki ら, 高温drop calorimetryによる溶融塩の熱容量・混合熱測定.
- [S7] 熱容量の熱力学関係式(
の導出例).