B-Hアナライザによる磁性体の損失評価(交流磁化特性・位相補正・高励起測定)
B-Hアナライザは、励磁電流と検出コイル電圧を同時計測し、磁束密度
参考ドキュメント
- IEC 62044-3:2023 Cores made of soft magnetic materials – Measuring methods – Part 3: Magnetic properties at high excitation level
- 岩崎通信機(IWATSU) B-Hアナライザ FAQ(日本語)
- BROCKHAUS MPG 200 D Measuring Unit 仕様書
1. 損失評価で用いる物理量
磁性体の1周期当たりの体積損失エネルギー密度
で与えられる。周期励磁の周波数を
である。
材料のカタログでは質量当たり損失
で換算される。粉末コアやフェライトなど、密度や有効断面積の扱いで系統誤差が出やすい材料では、体積基準と質量基準のどちらで整理したかを明記する必要がある。
2. B-Hアナライザ測定の前提条件
B-Hアナライザによる損失評価は、試料が閉磁路(リング・トロイド等)であることを基本とする。閉磁路では反磁界の影響が小さく、
一方、開磁路(棒状・板状)では反磁界係数が強く効き、
3. 計測構成(二巻線法)と ・ の再構成
3.1 二巻線法(励磁コイル+検出コイル)
閉磁路試料に一次巻線(励磁コイル)
試料の実効磁路長を
である。磁束密度はファラデーの法則から
であり、よって
である。
二巻線法の利点は、二次側が実質的に無負荷である限り、一次巻線の銅損が損失評価に混入しにくい点にある。逆に、二次巻線の結合不完全(漏れ磁束)、二次電圧の微小レベル化、積分ドリフトが誤差要因になりやすい。
3.2 一巻線法(銅損込み測定)との関係
一次巻線のみで、巻線電圧と電流から損失を評価する測定も可能である。この場合は巻線の抵抗損(銅損)が測定値に含まれるため、材料損失と巻線損失を分けたい目的には注意が必要である。
ただし、コイルを含めた部品としての損失(例:インダクタ完成体の損失)を同一条件で比較したい場合には、一巻線法は意味を持つ。測定法の選択は、材料評価か部品評価かを最初に固定して決める必要がある。
4. 損失電力の算出方法
4.1 ループ面積(時間領域)による算出
離散サンプル
(
この方法は任意波形にも適用でき、PWM励磁や歪んだ波形を含む電力変換器条件に拡張しやすい。一方で、
4.2 電圧・電流の実効値と位相差による算出
正弦波定常で、電圧
である。磁性体の損失測定では
このとき位相誤差
5. 位相誤差が損失値に与える影響
5.1 高位相角条件で誤差が増幅する理由
誘導性が支配的な試料では、電圧と電流の位相差
直感的には、巨大な無効電力の中に埋もれた小さな有効電力を差分として抽出している状況である。したがって、単なる同時サンプリングだけでは不足で、測定系そのものの周波数応答(振幅・位相)を含めて補正する設計思想が必要である。
5.2 B-Hアナライザが行う位相補正の考え方
B-Hアナライザの重要機能は、2チャネル(電流系・電圧系)の周波数依存の位相差をあらかじめ評価し、測定時に周波数ごと・レンジごとに補正する点にある。これにより、オシロスコープや一般の電力計で困難になりがちな、粉末コアなどの微小損失測定や高周波測定の再現性を上げる設計になっている。
補正は時間領域の単純な遅延補正に限られず、周波数軸(スペクトル)での振幅・位相補償として実装される場合がある。高調波を含む励磁では、基本波だけでなく高調波成分の寄与を含めて電力を再構成することが望ましい。
6. CROSS-POWER(クロスパワー)型の損失評価
6.1 複素電力の表現
電圧
で表せる(定義の取り方により係数は変わるため、装置仕様の定義に従う必要がある)。
この表式は、位相差が大きい場合でも、
6.2 周波数応答を用いた補正
計測系が電圧チャネル
として補正できる。装置によっては、
クロスパワー型の思想は、この周波数依存補正を前提に、実電力抽出をスペクトル上で安定化する点にある。IEC 62044-3 では高励起レベルの磁性コアについて損失と透磁率の測定法が規定されており、その中でクロスパワーの考え方が産業計測で重視されてきた。
7. 装置ブロックと信号の流れ
B-Hアナライザ測定系は、信号源、パワーアンプ、電流検出、電圧検出、A/D変換、演算・制御から構成される。電流検出は、低誘導の精密シャント抵抗で電圧に変換して測る方式が広く用いられ、ここでの周波数特性が位相誤差の主要因になる。
電圧検出は検出コイル電圧
8. 試料形状、巻線、幾何パラメータ
8.1 実効磁路長 と実効断面積
リング・トロイドでは、断面が一様で磁束が均一に回るという近似の下で
メーカーが提示する
8.2 巻線の設計
励磁巻線
検出巻線
9. 励磁条件の作り方
9.1 正弦波励磁と 正弦波励磁
損失評価では、
ただし、電力変換器に近い条件では
9.2 DCバイアス重畳
インダクタ用途では、AC励磁にDCバイアス磁界を重畳した状態で損失が問題になる。DCバイアス下では小信号透磁率や損失の振幅依存が変化し、同じ
B-HアナライザでDCバイアス機構を用いる場合、バイアス磁界の校正(電流から
10. デジタル処理と数値誤差
10.1 サンプリングと帯域
高周波では、電流と電圧の位相差が周波数とともに急峻に変化し得る。したがって、サンプリング周波数、アンチエイリアス、チャネル間スキューの管理が損失値を左右する。
低周波では、積分による
10.2 数値積分の安定化
であるが、
ただし、磁化が非対称(DCバイアス)である場合や、波形が非周期的である場合にはこの操作が破綻する。したがって、装置のモード(正弦波、任意波形、バイアス有無)に応じた積分・補正を区別する必要がある。
11. 誤差要因の整理
誤差要因は、幾何パラメータ(
治具材料による渦電流も無視できない誤差要因である。試料近傍に導体(例:アルミ部材)があると漏れ磁束と鎖交し、治具側で発熱して見かけの損失が増えるため、試料と導体を離すなどの配置条件が必要になる。
12. B-Hアナライザと他手法の位置づけ
B-Hアナライザは閉磁路コアの損失評価に強く、粉末コアやフェライト、リング試料の高周波損失評価に適している。対して電磁鋼板の材料規格値の評価では、エプスタイン枠やSSTが規格として整備されており、試料形状と測定磁路が異なるため、値の直接比較には注意が必要である。
損失評価には熱量法(カロリメトリ)もあり、電気的測定が位相誤差や結合誤差に支配される領域では有力になり得る。電気的測定は波形・高調波・瞬時量の情報を保持できる点が強く、熱量法は総発熱としての損失を直接に捉える点が強いという相補関係にある。
| 方法 | 主な試料 | 周波数帯の考え方 | 利点 | 制約 |
|---|---|---|---|---|
| B-Hアナライザ(閉磁路) | リング、トロイド、コア | 装置仕様と位相補正で拡張 | 位相補正残差、漏れ磁束、幾何換算が結果を支配し得る | |
| エプスタイン枠 | 電磁鋼板短冊 | 規格(JIS/IEC)に従う | 材料カタログ値との整合が取りやすい | 試料準備が重く、高周波は枠仕様に依存する |
| SST | 単板 | 規格(JIS/IEC)に従う | 応力や加工影響の評価へ拡張しやすい | 磁路補正やフリンジ補正が難しくなり得る |
| 熱量法 | 任意(工夫が必要) | 熱時定数で制約 | 位相誤差の影響を受けにくい | 時間分解や波形依存性の分解は難しい |
13. 報告に必ず含める記述事項
損失値
位相補正の有無と補正の方式は、特に高周波で再現性を左右するため記述が望ましい。粉末材や低損失材では、測定下限(ノイズフロア)と平均化条件(周期数、帯域制限)も報告の一部に含めるのがよい。
14. 不具合の切り分けと対策
ヒステリシスループが閉じない、あるいは損失が負になる場合、
高周波で損失が不自然に周波数とともに減少する場合、電流検出系(シャント・配線)の周波数特性や、アンプの電圧・電流リミットによる波形崩れが疑わしい。波形崩れは
まとめと展望
B-Hアナライザによる損失評価は、
今後は、任意波形(PWM)やDCバイアスを含む実機条件での評価要求が増え、時間領域のループ評価と周波数領域の実電力再構成を両立させた報告様式が重要になる。さらに電気的測定と熱量法を相互検証に用いることで、位相補正残差や漏れ磁束起因の系統誤差を減らし、材料開発とデバイス設計の間を接続する信頼性の高い損失データ基盤が形成されていくと考えられる。
参考文献
- JSA Webdesk IEC 62044-3 Ed.2.0:2023 情報
- PSMA Magnetics Workshop 講演資料(IWATSU:高位相角材料のコア損測定、クロスパワー法)
- IWATSU SY-8218/SY-8219 マニュアル(位相誤差と損失誤差の関係を含む)
- 日本磁気学会 講演資料 高周波磁化測定の精度評価と高精度化(位相補正に関する議論を含む)
- JIS C 2560-2(フェライト磁心 試験方法)解説情報
- JIS C 2550-1(エプスタイン枠)解説情報および関連資料
- 横河計測 アプリケーションノート(電磁鋼板と鉄損測定)
- 日本製鉄テクノロジー(旧 日鉄テクノロジー)エプスタイン測定の原理解説
- JFEテクノリサーチ 軟磁性材料の磁気特性評価(エプスタイン、SST等)
- Brockhaus Measurements 製品情報ページ
- AIP Advances 2025 報文(MPG200等による磁性評価の使用例)