熱力学計算
熱力学計算とは、温度
1. 熱力学で扱う量
熱力学では、系の状態を少数の状態量で表す。状態量には、内部エネルギー
一方で、熱や仕事は経路に依存する量である。したがって、計算では「経路依存の量を直接追う」よりも、状態関数を用いて終状態を決め、そこから駆動力を議論する形を取ることが多い。
2. 第一法則と第二法則の結合
第一法則はエネルギー保存であり、閉じた系では
である。ここで
第二法則は不可逆性をエントロピーで表す。可逆過程では
であり、一般には
3. 基本微分式
単純圧縮系(磁場や表面張力などを含めない)の可逆変化を考えると、基本微分式は
となる。ここで
この式は、熱力学計算の出発点である。以後の自由エネルギーや平衡条件は、この式をルジャンドル変換して自然変数を取り替えることで得られる。
4. ルジャンドル変換と熱力学ポテンシャル
外部条件が何で固定されるかに応じて、扱いやすいポテンシャルが変わる。定温条件を取り込むには
となる。
ルジャンドル変換の意味は「制御しやすい変数を自然変数として持つポテンシャルへ写す」ことである。例えば実験や材料プロセスでは
5. と の微分形
を得る。したがって自然変数は
同様に
を得る。自然変数は
6. マクスウェル関係と導関数の読み替え
微分形が分かると、交差微分の対称性からマクスウェル関係が得られる。例えば
である。これは測りやすい
同様に
が得られる。熱力学計算では、データベースや状態方程式から得た
7. 化学ポテンシャルの意味
化学ポテンシャルは
で定義される。これは「定温・定圧のもとで成分
重要な点は、
8. 活量と理想からのずれ
理想溶液では、混合エントロピーが主要因になり
となる。ここで
ずれを表現するため、活量
と書く。
9. 混合自由エネルギーと安定性
二元系
なら局所的に安定であり、逆に負になる領域があると自発的な組成ゆらぎが成長しやすい。
二相共存は「共通接線条件」で表される。
10. 反応ギブズエネルギーと平衡
反応
である。平衡では
標準状態を用いると
となり、
を得る。したがって
11. から を作る計算
多くの物質では、熱容量
である。次に
ここで重要なのは、相転移がある温度域では追加項が必要なことである。融解や秩序化などの転移温度
12. Shomate 式による具体的な積分例
気相の
の形で係数を与えることがある。
この形を用いると、
13. 反応平衡の数値例の作り方
数値例として、反応
であり、
次に、理想混合を仮定して
14. 相平衡の条件
相
が全成分
二元系では、共通接線の幾何学により視覚的に理解できる。多元系では接線の概念をそのまま描けないが、条件式は同じであり、数値計算ではギブズ自由エネルギー最小化として解く。
15. レバー則と相分率
二相共存域では、全組成
である。
この式は「二相の混合で全体組成が再現される」という単純な幾何学であるが、平衡計算の結果が直感に合っているかを検討する材料になる。相分率が負になるような結果は、前提(候補相やモデル)が不整合である可能性を示唆する。
16. クラペイロン式
相境界の傾きはクラペイロン式で与えられる。一次相転移でエントロピー変化
である。
この式は、固液・液気・固固の相境界の傾きを、潜熱や体積差から計算できることを示す。例えば
17. 平衡を最小化問題として書く
定温・定圧では、全ギブズ自由エネルギー
である。制約は元素保存であり、元素
が課される。
この最小化はラグランジュ未定乗数で扱える。停留条件から、平衡では独立な反応進行に対して
18. ギブズ最小化の計算と候補集合
ギブズ最小化では、計算に含める相や化学種の集合が結果を左右する。候補に入っていない相は出現しないため、何が候補集合に含まれているかは数式以前の前提条件である。したがって、熱力学データベースの収録範囲とモデルの意味を理解する必要がある。
国内の熱力学計算ソフト説明でも、ギブズエネルギー最小化では圧力を指定すること、そして存在し得る物質をデータベースから選ぶ必要があることが明示されている。候補集合の与え方は、平衡状態を求める計算の数学的構造そのものに関わる。
19. CALPHAD の考え方
材料分野では CALPHAD が広く用いられる。CALPHAD は、各相のギブズ自由エネルギー
固溶体相の過剰ギブズエネルギーには Redlich–Kister 形が基本として使われることが多い。二元系なら
のように書き、
20. 日本国内のデータ基盤
国内には、CALPHAD による自由エネルギー関数を集録したデータ基盤が存在する。物質・材料研究機構の計算状態図データベース(CPDDB)は、相のギブズエネルギー関数をまとめた TDB ファイルを集録し、これらと熱力学計算ソフトを組み合わせることで、相平衡や状態図、熱力学量を求められるとしている。データ更新情報も公開されており、計算に用いた版の記録が再現性に関わる。
このような基盤は、研究で扱う元素系が広がるほど重要になる。データベースが「何を含むか」と「何を含まないか」を知ることは、計算結果の解釈に直結する。
21. 流体系の状態方程式とヘルムホルツ形式
水・蒸気などの流体系では、状態方程式により物性を計算する。IAPWS-95 は、温度
材料の相平衡計算が主に
22. 参照状態と単位系
熱力学計算では、参照状態が一致していることが重要である。
単位系も同様に重要である。
23. 研究に近い形の計算手順の例
相平衡を求めたい場合、第一に必要なのは各相の
次に、候補相集合を決め、元素保存の制約下で全体の
24. まとめと展望
熱力学計算は、自由エネルギーとその導関数(特に化学ポテンシャル)を軸に、平衡条件を最小化問題として解く枠組みである。混合、相互作用、相転移を含む複雑な現象も、最終的には
今後は、国内外の熱力学データ基盤の充実と第一原理計算の統合により、実験が難しい多元系や極端条件での平衡推定がより高精度になると考えられる。同時に、平衡から外れた状態の記述へ進むには、自由エネルギーから得られる駆動力を速度論・輸送・界面現象へ接続する必要があり、この接続が材料設計の中心課題の一つになっていくと考えられる。
参考文献
横川 晴美, 熱力学データベースの最近の動き, 熱測定 23(2) (2007)(日本語)
https://www.netsu.org/JSCTANetsuSokutei/pdfs/23/23-2-70.pdfFactSage Education はじめて使う FactSage Education(ギブズエネルギー最小化と物質選択の説明)(日本語)
https://www.rccm.co.jp/thermodynamics/software/files/FactSageEducation-FirstTime-240430.pdfNIMS 計算状態図データベース CPDDB(TDB ファイル集録の説明)(日本語)
https://cpddb.nims.go.jp/Kattner, U. R., The CALPHAD Method and Its Role in Materials Design, JOM (2016)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4912057/IAPWS, Revised Release on the IAPWS Formulation 1995 for the Thermodynamic Properties of Ordinary Water Substance (IAPWS-95) (2018)
https://iapws.org/documents/release/IAPWS-95Wagner, W. and Pruß, A., The IAPWS Formulation 1995 for the Thermodynamic Properties of Ordinary Water Substance, J. Phys. Chem. Ref. Data (2002)
https://www.teos-10.org/pubs/Wagner_and_Pruss_2002.pdfNIST Chemistry WebBook(熱化学データと
など)
https://webbook.nist.gov/NIST WebBook の Shomate 式の例(CO2 のページ)
https://webbook.nist.gov/cgi/cbook.cgi?ID=C124389&Mask=1NIST-JANAF Thermochemical Tables(標準生成量や
の推奨値)
https://janaf.nist.gov/NIMS CPDDB データ更新ニュース(版管理の重要性の例)
https://dice.nims.go.jp/news/2025/04/20250421-2.htmlMALT マニュアル(ギブズ最小化では圧力指定が必要である旨)(日本語)
https://www.kagaku.com/malt/manuals/MALTManual_J.pdf