フェルミ液体と準粒子
本稿は、相互作用するフェルミ粒子系が低温で示す普遍的ふるまいを、準粒子という概念を核にして整理する技術文書である。とくに金属中の電子、液体He3、重い電子系などで観測される比熱・磁化率・輸送の規則性を、ランドウ・パラメータと応答理論の言葉で接続することを目的とする。
参考ドキュメント
L. D. Landau, The Theory of a Fermi Liquid (1956, Soviet Physics JETP)
https://www.jetp.ras.ru/cgi-bin/dn/e_003_06_0920.pdfG. Baym and C. Pethick, Landau Fermi-Liquid Theory Concepts and Applications (Wiley, 1991)
https://books.google.com/books/about/Landau_Fermi_Liquid_Theory.html?id=zDBnNEPAu2MC日本物理学会誌 不思議な物理42 「ランダウのご神託」への挑戦 フェルミ液体論の深化 (2016, 日本語)
https://www.jps.or.jp/books/gakkaishi/2016/11/71-11_70fushigi42.pdf
フェルミ液体という主張
フェルミ液体理論の中心命題は次である。
相互作用が強くても、十分低温かつフェルミ面近傍では、励起は長寿命の一粒子様励起として記述できる。すなわち、相互作用のないフェルミ気体の励起と一対一に対応する準粒子が存在し、その集団として低温物性が支配される。
この主張は、相互作用をゆっくり導入しても基底状態と低励起のラベルが連続的に引き継がれるという断熱接続の考え方に支えられる。ただし断熱接続が成立するか否かは物質・次元・相転移の有無に依存し、成立が破れる系を理解することも同じくらい重要である。
準粒子の定義と寿命
グリーン関数とスペクトル関数
単一粒子グリーン関数を
とする。ここで
スペクトル関数は
で与えられ、角度分解光電子分光などが直接これを反映する。
フェルミ液体では、フェルミ面近傍で
準粒子エネルギーと残留強度
準粒子ピークの位置を
を満たす。フェルミ面近傍で線形化すると、準粒子残留強度
が定義され、スペクトル関数の鋭いピークの重みを与える。
寿命と散乱率
準粒子寿命
で与えられる。
フェルミ液体の基本的結論として、フェルミ面近傍の散乱率は
のように二乗で小さくなる。したがって
エネルギー汎関数とランドウ相互作用
ランドウ理論は、詳細な相互作用の形をすべて保持する代わりに、フェルミ面近傍の占有数の変化
エネルギーの変分形式
基底状態からの小さな変化に対して
と書く。ここで
準粒子エネルギーは
で与えられ、外場や分布変化に対する準粒子エネルギーの自己無撞着な変化が導かれる。
スピン対称・反対称成分
等方系では
と分解し、フェルミ面上で角度依存をルジャンドル多項式展開する。
ここで
ランドウ・パラメータと安定条件
ポメランチュク安定条件
分布の角運動量チャネル
が必要である。これを満たさないと、フェルミ面の自発変形や磁性秩序などの不安定が生じうる。
有効質量と
等方3次元の場合、準粒子有効質量は
で結びつく。ここで
この式は単純に見えるが、格子系、強相関系、2次元系では修正や注意が必要であり、微視的な保存則と頂点補正の取り扱いが重要になる。
熱力学量の予言
フェルミ液体は、低温の温度依存の形を普遍的に与え、係数に相互作用効果を押し込める。
比熱
低温比熱は
であり、
パウリ磁化率
スピン磁化率は
で与えられる。
圧縮率
等温圧縮率は
で与えられる。
ウィルソン比
比熱係数と磁化率を組み合わせたウィルソン比
はフェルミ液体の相互作用を反映する無次元量として使われる。単純モデルでは
輸送現象の予言
電気抵抗の 則
電子同士の散乱が支配的で、運動量緩和が有効に働く条件では
が現れる。
ただし、完全に並進対称で不純物も格子もなければ、電子同士の散乱は全運動量を保存するため直流抵抗は生じない。金属で
コリンガ則とNMR
核スピン緩和率
の形をとりやすい。これが崩れると、スピン揺らぎの異常や非フェルミ液体的状態を疑う材料的根拠となる。
熱伝導とウィーデマン・フランツ
準粒子が良い量子数である場合、低温で
が成り立ちやすい。
集団モードと応答関数
フェルミ液体では、準粒子があるだけでなく、それらの相互作用が集団モードを生む。
ランダウ運動方程式
分布関数
が基本となる。ここで
が自己無撞着項である。
ゼロ音
衝突が十分少ない衝突レス領域では、ゼロ音と呼ばれる密度波が現れる。等方系で
の形の分散方程式を満たす。
スピン集団モード
スピンチャネルでも類似の集団励起が現れうる。外場とスピン軌道相互作用がある場合、スピンモードの分散や減衰は大きく変わり、近年はスピン軌道結合を含むフェルミ液体の集団励起が改めて議論されている。
微視的多体理論との接続
フェルミ液体の強みは、現象論に見えて保存則と多体理論により支えられる点にある。
保存則とワード恒等式
粒子数保存、スピン保存、運動量保存は、応答関数の低エネルギー極限に強い制約を課す。これにより、自己エネルギーと頂点関数が連動し、観測量の中で準粒子部分と背景部分が相殺し合う構造が現れる。
微視的理論としてのフェルミ液体を扱う際、これらの恒等式を尊重しない近似は、
ルッティンガーの定理
相互作用があっても、適切な条件下ではフェルミ面が囲む体積が粒子数密度と結びつくという主張がある。金属がフェルミ液体であることを議論する際、フェルミ面の体積が何を意味するかは中心的である。
一方で、グリーン関数の零点が関与する場合や、分数化した励起が現れる場合には、単純な絵は修正を要する。近年は、フェルミ面とルッティンガー面を区別して議論する枠組みも提案されている。
微視的フェルミ液体理論の近年の整理
保存則に基づく恒等式から、ランドウ・パラメータ、
実験での同定とパラメータ抽出
ここでは、フェルミ液体として整合的に整理するための具体的な抽出の流れを記す。
低温スケーリングの確認
- 比熱が
に従う温度域を見いだす - 抵抗が
に従う温度域を見いだす - 磁化率が低温で飽和するか、あるいは既知の機構で説明できるかを確認する
同じ温度域でこれらが同時に整合することが重要である。温度域がずれる場合、フォノン寄与、磁気揺らぎ、結晶場、擬ギャップなど複数の寄与が混在している可能性がある。
質量増大の推定
- 比熱係数
から を推定する - 量子振動からサイクロトロン質量
を得て比較する - 可能であればARPESから分散の傾き
を得て比較する
それぞれが見ている量は一致しない場合があるが、同一の準粒子像で整合が取れるかを吟味する。
と の推定
と の比から に関する拘束を得る - 圧縮率や音速、電子比熱以外の熱力学量が得られる場合は
を拘束する
格子系ではバンド構造や多バンド性が絡むため、単純な等方1バンド式をそのまま当てはめるのではなく、どの近似を置いたかを明示して用いる。
ランドウ・パラメータの役割の整理
以下に、測定量と主に効くランドウ・パラメータの対応をまとめる。
| 測定量 | フェルミ液体の形 | 主に関与する量 |
|---|---|---|
| 比熱 | ||
| スピン磁化率 | ||
| 圧縮率 | ||
| ゼロ音 | 分散方程式で決まる | |
| フェルミ面変形 | 安定条件で決まる |
フェルミ液体が破れる道筋
フェルミ液体が成立しないことは、単なる例外ではなく、低エネルギー自由度の変化を示す重要な情報である。
1次元と朝永・ラッティンジャー液体
1次元では、相互作用により準粒子が崩れ、スピンと電荷が分離するなど、フェルミ液体と異なる普遍性が現れる。ここでは、フェルミ面近傍の鋭い一粒子極が消え、相関関数はべきで振る舞う。
モット転移とギャップ形成
半充填近傍で相互作用が強い場合、金属が絶縁体へ転移し、フェルミ面そのものが意味を失う。遷移近傍では、準粒子重み
近藤格子と重い電子
局在スピンと伝導電子の結合は、低温で巨大な有効質量を持つフェルミ液体を生む場合がある。一方で、量子臨界近傍では
量子臨界と現代的な論点
近年の強相関電子研究では、フェルミ液体は出発点であると同時に、破れ方を分類する基準として重要である。
量子臨界点近傍
秩序パラメータの臨界揺らぎが準粒子を強く散乱し、
- 抵抗が
に近いべきで増える - 比熱が
や異常なべきで振る舞う - スペクトル関数の準粒子ピークが著しく弱くなる などが起こりうる。
保存則に基づく制約の再評価
微視的理論としてのフェルミ液体は、保存則から導かれる恒等式の束として再整理されている。これにより、観測量の中で何が低エネルギー準粒子で決まり、何が高エネルギー寄与と切り離せないかが明確化される。
フェルミ面とルッティンガー面
強相関の一部の状況では、グリーン関数の零点が物性に影響し、フェルミ面の極と零点を区別して議論する必要があるという立場がある。準粒子の有無だけでなく、低エネルギーの解析構造そのものが焦点となる。
混同されやすい点
有効質量
と準粒子重み は同一ではない
バンド曲率、前方散乱、頂点補正の扱いにより、と の関係は単純でない場合がある。 準粒子寿命と輸送寿命は同一ではない
小角散乱は準粒子を減衰させても運動量緩和に寄与しにくい。抵抗の温度依存を準粒子散乱率だけで読まない。フェルミ液体は弱相互作用に限られない
低温で準粒子が長寿命なら、強相互作用でもフェルミ液体は成立しうる。成立条件は相互作用の強さそれ自体ではなく、低エネルギーでの有効自由度である。フェルミ面の観測とルッティンガーの定理は別の論点である
量子振動やARPESで得るフェルミ面の形、粒子数と体積を結びつける定理、零点の寄与をどう扱うかは区別して整理する必要がある。
まとめと展望
フェルミ液体理論は、相互作用する多体電子系の低温物性を、準粒子と少数のランドウ・パラメータにより統一的に記述する枠組みである。比熱・磁化率・圧縮率・応答・輸送の温度依存を普遍形式として与え、係数の違いを通して相互作用の性格を読み解くことを可能にする。
今後の展望としては、保存則に基づく微視的恒等式の理解を踏まえつつ、スピン軌道結合・多バンド性・トポロジー・量子臨界揺らぎが準粒子概念をどこまで拡張できるかが重要である。フェルミ液体が成立する領域と破れる領域の境界を、実験量と理論量の両面から透明に結びつけることが、強相関物質の設計と理解に直結すると考えられる。
参考文献
J. M. Luttinger, Fermi Surface and Some Simple Equilibrium Properties of a System of Interacting Fermions, Phys. Rev. 119, 1153 (1960)
https://users.ictp.it/~mkiselev/Problems/Club/luttinger.pdfA. V. Chubukov, A. Klein, D. L. Maslov, Fermi-liquid theory and Pomeranchuk instabilities fundamentals and new developments (arXiv 1805.05562, 2018)
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JETP版 PDF
https://www.jetp.ras.ru/cgi-bin/dn/r_154_0960.pdfM. Fabrizio, Landau-Fermi liquids in disguise (arXiv 2105.12528, 2021)
https://arxiv.org/abs/2105.12528D. Pines and P. Nozières, The Theory of Quantum Liquids Volume I Normal Fermi Liquids (W. A. Benjamin, 1966)
https://books.google.com/books/about/The_Theory_of_Quantum_Liquids_Normal_Fer.html?id=263vAAAAMAAJP. Coleman, Introduction to Many-Body Physics Chapter Landau Fermi-liquid theory (2015, Cambridge)
https://www.cambridge.org/core/books/introduction-to-manybody-physics/landau-fermiliquid-theory/7BA3F3BF6BFB2FB0CFFDE029F67A0BC0D. Vollhardt, Normal 3He an almost localized Fermi liquid, Rev. Mod. Phys. 56, 99 (1984)
https://link.aps.org/doi/10.1103/RevModPhys.56.99B. N. Narozhny, Hydrodynamic approach to two-dimensional electron systems, 2D系の流体力学とフェルミ液体の関係に関するレビュー (2022)
https://link.springer.com/article/10.1007/s40766-022-00036-z大貫惇睦, 重い電子系の物理 講義資料 (2012, 日本語)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/bitstream/2433/172054/1/KJ00007905524.pdf東北大学 関連講義資料 多電子系の動力学と新しい素励起描像 (日本語)
https://cmpt-www.phys.tohoku.ac.jp/~qmbt/articles/school.pdf愛媛大学 関連資料 Fermi液体と朝永・Luttinger液体との対応関係 (日本語)
https://nakamura-lab.phys.sci.ehime-u.ac.jp/sotsuken2020-1.pdf